軍事排除・被爆者同意を 保存試料 ゲノム研究利用 外部委、放影研に助言
20年10月29日
放射線影響研究所(放影研、広島市南区)の外部諮問委員会は、被爆者の血液など保存試料の研究利用に関する助言を取りまとめた。ゲノム(全遺伝情報)解析など最新技術を生かした研究を念頭に、軍事研究の排除や被爆者の同意を得ることなど慎重な対応を求める内容。28日に中区であった受領式で、放影研に提出した。(明知隼二)
放影研は人体への放射線の影響を調べるため、被爆者の血液や尿などを集めており、現在は約190万本を保管。ほかにも病理標本などがある。最新のゲノム解析などを活用すれば、放射線を起因とする疾病の発生メカニズムなどの解明につながる可能性もあると期待されている。
外部諮問委では、ゲノム解析など技術の進歩、国際的な共同研究などが一般化してきた現状を踏まえ、研究や同意取得の在り方、倫理面の課題について検討してきた。
助言は、調査に協力する被爆者との信頼関係の構築▽軍事研究の排除▽被爆者の試料を扱う上での独自の指針や憲章の文書化▽研究への同意を得る際の丁寧な説明や協力者の負担軽減―などの7項目を示した。
研究への同意では、既に亡くなった被爆者の試料を使う場合の対応について議論を深めるよう求めた。また、研究を始める際の倫理審査委員会のメンバーについて、被爆者や市民の信頼を得られるよう配慮を提言した。
受領式では諮問委の前川功一委員長(元広島経済大学長)が、放影研の丹羽太貫理事長に助言を手渡した。長崎研究所(長崎市)でも同時に開催し、中継でつないだ。
前川委員長は「委員の背後には多くの被爆者がいる。意見を尊重して研究活動をしてほしい」と要請。丹羽理事長は「分子レベルの解析は21世紀の生命科学に必須だ。助言を踏まえ、人道面に配慮しながら研究を進めたい」と応じた。
外部諮問委は2018年5月に広島で、同8月に長崎で設置。外部の研究者や被爆者、弁護士たちで構成し広島で4回、長崎で3回の会合を非公開で行ってきた。
負の歴史背景 情報管理徹底
放射線影響研究所(放影研)が外部諮問委員会を設置して助言を求めた背景には、生命科学研究の急速な進歩と、被爆者の治療よりも調査を優先したと批判された過去の歴史がある。
放影研は、約12万人を対象に死亡率やがん発生率を調べる寿命調査など、大規模な集団を扱う研究を特徴としてきた。これに対し、最新のゲノム解析などの技術を生かせば、個人レベルでの発症メカニズムなどの研究を進められる可能性がある。その際に課題となるのが個人情報の管理だ。
ゲノム情報は「究極の個人情報」とも言われる。最新機器を使った研究は、国境をまたぐ共同研究となることが珍しくない。被爆者への研究の説明や同意の取得、情報管理が厳しく求められることになる。
そうした状況に、1947年に発足した前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)の歴史が影を落とす。当初は軍事目的が色濃く、被爆者からは「調査すれども治療せず」と批判された。外部諮問委員会の前川功一委員長も「被爆者は当時の調査に屈辱や恐怖を感じた。今も完全には放影研を信頼できないとの声もある」と指摘した。
軍事研究への懸念も根強い。長崎側の諮問委の片峰茂委員長は「(軍事に転用されるかどうかの)線引きは難しい面もあるが、放影研が平和研究への特化を社会に表明することが一つの歯止めになる」と訴えた。
諮問委の助言は、試料を最新の研究に生かす意義について「人類の健康や福祉に大きく貢献する」とも評価する。放影研の丹羽太貫理事長は「ABCC時代の人道上の問題を忘れてはいけない。放影研は平和目的の研究が役割であり、人道性を採り入れた21世紀の科学の方法を目指していく」としている。(明知隼二)
<放影研外部諮問委員会の助言の主なポイント>
◆調査に協力する被爆者との信頼関係の構築
◆被爆者や市民に研究を理解してもらう広報の拡充
◆海外と共同研究する際に軍事研究を排除
◆被爆者の試料を扱う上での独自の指針や憲章の文書化
◆研究への同意を得る際の丁寧な説明や協力者の負担軽減
◆ゲノム解析結果の注意深い取り扱い
◆平和を希求する被爆者の思いに沿った研究
(2020年10月29日朝刊掲載)
放影研は人体への放射線の影響を調べるため、被爆者の血液や尿などを集めており、現在は約190万本を保管。ほかにも病理標本などがある。最新のゲノム解析などを活用すれば、放射線を起因とする疾病の発生メカニズムなどの解明につながる可能性もあると期待されている。
外部諮問委では、ゲノム解析など技術の進歩、国際的な共同研究などが一般化してきた現状を踏まえ、研究や同意取得の在り方、倫理面の課題について検討してきた。
助言は、調査に協力する被爆者との信頼関係の構築▽軍事研究の排除▽被爆者の試料を扱う上での独自の指針や憲章の文書化▽研究への同意を得る際の丁寧な説明や協力者の負担軽減―などの7項目を示した。
研究への同意では、既に亡くなった被爆者の試料を使う場合の対応について議論を深めるよう求めた。また、研究を始める際の倫理審査委員会のメンバーについて、被爆者や市民の信頼を得られるよう配慮を提言した。
受領式では諮問委の前川功一委員長(元広島経済大学長)が、放影研の丹羽太貫理事長に助言を手渡した。長崎研究所(長崎市)でも同時に開催し、中継でつないだ。
前川委員長は「委員の背後には多くの被爆者がいる。意見を尊重して研究活動をしてほしい」と要請。丹羽理事長は「分子レベルの解析は21世紀の生命科学に必須だ。助言を踏まえ、人道面に配慮しながら研究を進めたい」と応じた。
外部諮問委は2018年5月に広島で、同8月に長崎で設置。外部の研究者や被爆者、弁護士たちで構成し広島で4回、長崎で3回の会合を非公開で行ってきた。
負の歴史背景 情報管理徹底
放射線影響研究所(放影研)が外部諮問委員会を設置して助言を求めた背景には、生命科学研究の急速な進歩と、被爆者の治療よりも調査を優先したと批判された過去の歴史がある。
放影研は、約12万人を対象に死亡率やがん発生率を調べる寿命調査など、大規模な集団を扱う研究を特徴としてきた。これに対し、最新のゲノム解析などの技術を生かせば、個人レベルでの発症メカニズムなどの研究を進められる可能性がある。その際に課題となるのが個人情報の管理だ。
ゲノム情報は「究極の個人情報」とも言われる。最新機器を使った研究は、国境をまたぐ共同研究となることが珍しくない。被爆者への研究の説明や同意の取得、情報管理が厳しく求められることになる。
そうした状況に、1947年に発足した前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)の歴史が影を落とす。当初は軍事目的が色濃く、被爆者からは「調査すれども治療せず」と批判された。外部諮問委員会の前川功一委員長も「被爆者は当時の調査に屈辱や恐怖を感じた。今も完全には放影研を信頼できないとの声もある」と指摘した。
軍事研究への懸念も根強い。長崎側の諮問委の片峰茂委員長は「(軍事に転用されるかどうかの)線引きは難しい面もあるが、放影研が平和研究への特化を社会に表明することが一つの歯止めになる」と訴えた。
諮問委の助言は、試料を最新の研究に生かす意義について「人類の健康や福祉に大きく貢献する」とも評価する。放影研の丹羽太貫理事長は「ABCC時代の人道上の問題を忘れてはいけない。放影研は平和目的の研究が役割であり、人道性を採り入れた21世紀の科学の方法を目指していく」としている。(明知隼二)
<放影研外部諮問委員会の助言の主なポイント>
◆調査に協力する被爆者との信頼関係の構築
◆被爆者や市民に研究を理解してもらう広報の拡充
◆海外と共同研究する際に軍事研究を排除
◆被爆者の試料を扱う上での独自の指針や憲章の文書化
◆研究への同意を得る際の丁寧な説明や協力者の負担軽減
◆ゲノム解析結果の注意深い取り扱い
◆平和を希求する被爆者の思いに沿った研究
(2020年10月29日朝刊掲載)