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連載・特集

緑地帯 小田原のどか 彫刻を読む <8>

 沖縄県糸満市の「平和の礎(いしじ)」。ここは沖縄戦で命を落とした者を国籍の区別なく、軍人か民間人か、そして敵か味方かも問わずに慰霊するための場である。波のかたちに並んだ石碑に一人一人の名前が刻まれている。

 米ワシントンにある「ベトナム戦争メモリアル」は米国籍者のみが対象だが、「平和の礎」はこれをアップデートするかたちで構想されている。マヤ・リンが設計した「ベトナム戦争メモリアル」は鏡のように反射する御影石が並び、地下に降りていくように傾斜がつけられている。

 韓国政治を専門とする国際政治学者の木村幹と浅羽祐樹の著書から、韓国の「慰安婦」たちが沖縄の「平和の礎」のような記念碑を望んでいると知った。実現されればいいと心から思う。しかし永久に名を刻むことは記念碑の唯一の解ではないということは踏まえておきたい。

 例えば、ベルリンの「虐殺されたユダヤ人のための慰霊碑(通称ホロコースト警告碑)」。最初に行われたコンペでは、亡くなったすべてのユダヤ人の名を刻むというプランが1等になるも、さまざまな批判が出て、その案が頓挫したといういきさつがある。

 同姓同名も含まれる大量の名前の中に「個別の死」が埋没してしまうのではないか、永久に名前を刻み込むということがユダヤ教の考え方と調和しない―などの批判が起こった。

 モニュメントについては、「正解」がいまだに存在しない。だからこそ検討と議論を重ね、それを蓄積することが必要だ。(彫刻家=東京都)=おわり

(2019年11月1日朝刊掲載)

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