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社説・コラム

天風録 『歌詞に込めた「棄民」の記憶』

 ♪ハレルヤ 花が散っても/ハレルヤ 風のせいじゃない…。黛ジュンさんのデビュー曲は歌い出しの4文字が鮮烈だ。「つかみ」上手な作詞家で小説家、なかにし礼さんの面目躍如といったところ▲「恋のハレルヤ」の曲名通り、甘く切ない恋心を詠み込んだように聞こえる。ところが、親交を結んだ歌手で俳優の武田鉄矢さんの新著「老いと学びの極意」によると、7歳前後の礼さんの苛烈な体験が下敷きという▲75年前の夏、中国東北部にいた。乗り込んだ列車がソ連機の機銃掃射を受けるなど、命からがら逃避行を重ねる。やっと祖国に帰る船を見つけた翌年秋の歓喜を思い出すうち、「ハレルヤ」の4文字が浮かんだそうだ▲引き揚げ体験は同時に、祖国に守ってもらえなかったという「棄民」の記憶でもあった。弘田三枝子さんが切々と歌い上げた「人形の家」の詞にも礼さんは、その苦い思いを忍ばせている。♪愛されて 捨てられて/忘れられた 部屋のかたすみ/私はあなたに 命をあずけた…▲今年、戦後75年。「焼け跡世代」の音楽仲間で二つ年下の筒美京平さん、一つ下の中村泰士さんとともに礼さんは旅立った。時代が一つ、幕を下ろしたよう。

(2020年12月26日朝刊掲載)

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