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社説・コラム

『潮流』 力には愛で

■論説委員 森田裕美

 韓国ドラマ「愛の不時着」の人気が衰えない。配信元ネットフリックスの視聴回数トップ10では、きのうも1位。北朝鮮に不時着した韓国の財閥令嬢と現地の将校男性の恋愛ものと聞いて当初は眉をひそめた私も、せりふを覚えるほど見た。世代や性別を超え、韓流に縁遠かった人が夢中になる例が多いと聞く。

 「沼にはまる」とも表現される魅力は何なのか。映像美、俳優の演技力、南北分断をテーマにした劇的な展開…。挙げればきりがないが、大きいのは、人間愛にあふれていることだろう。ラブストーリーを軸にしつつ恋愛の要素は多くない。北朝鮮の人々への温かな視線があり、悪役も人間味に満ちる。登場人物の生身の人間としての愛情豊かな心の交流が「人間も捨てたもんじゃない」と思わせる。それがコロナ禍でかさついた心に染みるのではないか。

 この人にも虚心坦懐(たんかい)に、繰り返し見てほしいと思った。新年早々物騒な方針を掲げた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)氏である。自国民は困窮しているのに核戦力は増強するらしい。米国のバイデン次期大統領も金氏を「悪党」と呼び、対話には程遠い。何より被爆地の人間としては、核を駆け引きの道具に使う浅はかさが腹立たしい。

 愛の力は、原爆の力よりまさる―。名もなき被爆者たちの手記の編集に携わった作家の山代巴がそんな言葉を残す。被爆後の悲惨な状況下で懸命に生きる人々を結ぶ愛情に触れ、人類は必ず原爆を禁止して恒久平和を闘いとることができると信じるようになったという。

 被爆者として原水禁運動の先頭に立った森滝市郎も、核を頂点とする「力の文明から愛の文明へ」と説いた。

 22日、核兵器禁止条約が発効する。核使用の結末を知る私たちは核を手放さぬ為政者たちに「核より愛を」と訴えよう。理想だと笑われても。

(2021年1月16日朝刊掲載)

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