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山口から世界へ 核兵器禁止条約発効を前に <上> ラストチャンス

 核兵器の開発から保有、使用まで一切を禁じる核兵器禁止条約が22日に発効する。県内でも核兵器廃絶へ向けた期待の声が上がる一方、平和運動を担ってきた被爆者の高齢化は著しく、次世代への継承があらためて課題として浮かび上がっている。条約の発効を前に、県内の動きを追った。(山下美波)

証言映像を記録 公開へ ゆだ苑 児童の来場増

 ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する―。核兵器禁止条約の前文に、こうある。「被爆者が声を上げ続けた成果だ」。県被団協会長の林三代子さん(80)=防府市本橋町=は喜びの声を上げる。広島の原爆で伯父夫妻を失い、自身は原爆投下の当日に入市被爆した。結婚後も義母に出産を反対されるなど、いわれのない偏見に苦しんできた。

 被爆70年の2015年を前に証言活動を始めた林さん。高齢化で証言者の数がが激減していることに背中を押された。県内で被爆者健康手帳を持つ人は20年3月末現在で2205人。前年から210人減り、平均年齢も84・7歳と活動は難しくなるばかりだ。林さんは条約発効を「人々が世界の脅威について考えるいい機会」と歓迎。被爆者自らが体験を広められるラストチャンスと捉える。

県立大と連携

 県原爆被爆者支援センターゆだ苑(山口市元町)も「継承の好機」と捉えている。減りゆく被爆者の思いを後世に伝えるため、県立大と連携して15年、林さんたち被爆者の証言を映像や活字で記録する「アーカイブ」の取り組みを始めた。

 パソコンの画面上で沈痛な表情で浮かべる7人のうち、現在も一線で証言を続けているのは2人にとどまる。2人は亡くなり、残る3人は老衰により人前では話せない状態になった。映像は1人15~20分にまとめ、ゆだ苑のホームページ(HP)に近く掲載する。坂本由香里事務局長(53)は「HPを介して一人でも多くの人に広めたい」と被爆者の思いを代弁する。

 県内は広島、長崎の両被爆地に次いで人口に占める被爆者の比率が高い。ただ近年は、県被団協やその地方組織が平和運動に活発に取り組んでいるとは言いがたい。被爆地から遠いゆえに周囲の理解を得づらく、被爆した事実が就職や縁談の妨げにならないようにと、ひた隠しにしてきた人が多いことが背景にある。

少ない支援者

 小中学校の平和学習でも、多くは広島市中区の平和記念公園を向く。ゆだ苑の存在を知らない若者は少なくない。ゆだ苑による被爆証言のアーカイブ化が両被爆地での同様の取り組みと比べて進んでいないのは、行政から手厚い支援を受けていないのと支援者が少ないことが一因にある。

 そんな中、追い風が吹きつつある。昨秋以降、平和学習を目的にゆだ苑を訪れる小学生が増え始めた。施設内で被爆資料の展示や被爆者による証言活動の展開など平和学習の支援をしていることが、新型コロナウイルス禍で修学旅行の目的地を広島から地元に変えた教員たちの間で広まった。

 昨年は被爆75年の節目だったが、感染対策で目立った活動はできなかった。思いがけず芽生えた継承の動きを、ゆだ苑の岩本晋理事長(78)は条約発効のタイミングでさらに勢い付けようと考えている。「条約に賛同する若者を巻き込めば、核兵器廃絶への活動を前に進められる」。瞳に強い光を宿らせ、策を練る。

(2021年1月19日朝刊掲載)

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