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山口から世界へ 核兵器禁止条約発効を前に <下> 胎動

海外へ若者へ 被爆継承 県立大生 体験を英訳

 県立大国際文化学部2年のナディアヌルルフダ・ビンティ・サイフルバフリさん(21)=山口市三の宮、マレーシア出身=は昨年末、全ての国に核兵器禁止条約への参加を求める「ヒバクシャ国際署名」にサインした。存在を知ったのは、条約発効が決まった後。春先から県内被爆者の証言を英訳していることもあり「核兵器のない世界の実現に貢献したいと思った」。

 翻訳しているのは、大学の先輩学生が2015年に県原爆被爆者支援センターゆだ苑(山口市元町)と連携して記録した広島原爆の被爆者2人の証言だ。熱線に全身を焼かれた女性と、軍人として遺体を焼き続けた男性。被爆者に聞き取りを続けている同学部のエイミー・ウィルソン教授(54)=米シアトル出身=に勧められたのがきっかけだった。

「痛み共有を」

 第2次大戦時、マラヤ(現マレーシア)は旧日本軍の侵略を受けた。中学生の頃、祖父に当時のことを尋ねると「兄は日本兵に殺された」。思いがけず見た涙に絶句し、詳細を聞けないまま祖父は1カ月後に亡くなった。以後、戦争の歴史に関心を持つようになった。原爆が広島と長崎にもたらした被害も知った。

 「互いの痛みを共有することが核兵器廃絶の一歩」とナディアヌルルフダさんはしみじみ思う。翻訳した証言は本年度中に冊子化し、県内の図書館に置く。母国の家族や友人にも見せるつもりだ。

 県内の若者による被爆体験の継承活動は、主に県立大がけん引している。中心にいるのは、広島市中区出身で祖父が被爆者の加登田恵子学長(65)。ゆだ苑評議員でもあり、被爆証言の聞き取りに学生を連れ出した。被爆者と向き合うことに後ろめたさを感じていたウィルソン教授にも声を掛けた。

 核兵器禁止条約の発効を22日に控えるいまも、日本政府は条約に参加する意向を示していない。総務省出身の村岡嗣政知事も右へならえでヒバクシャ国際署名への協力を否定し続けた。

条約参加訴え

 核兵器の存在を全面否定する条約に賛同しない姿勢を、平和運動を続ける県原水禁と県原水協は強く非難する。これまで県被団協やゆだ苑と連携してヒバクシャ国際署名に取り組むなど、条約の発効に力を入れてきた。

 県原水禁の桝本康仁議長(58)は、政府が保有国と非保有国の「橋渡し役」を担うとしながら、締約国会議のオブザーバー参加すら表明していないことについて「具体的な策を何も起こさず橋渡し役と言えるのか」と糾弾する。今後、政府に翻意を促す署名や街頭宣伝を展開し、訴えていくつもりだ。

 県原水協は、昨年11月から政府に条約への署名・批准を求める日本原水協の独自の署名集めを山口市の街頭で始めた。今後岩国市でも実施する予定。全国で集約した署名は首相宛てに提出する。打道晋一事務局長(67)は「条約の発効は、核兵器廃絶へ向けた始まり。政府や核兵器保有国が参加するまで行動し続けたい」。被爆国の条約参加が、核なき世界の大きな一歩になると考えている。(山下美波)

(2021年1月20日朝刊掲載)

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