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社説・コラム

社説 核兵器禁止条約と日本 橋渡し役でなく主役に

 核兵器禁止条約がきのう発効した。核兵器を違法とみなす価値観は国際社会でなお勢いを増すことだろう。広島・長崎への原爆投下から実に75年を超す歳月を要して、ようやく核なき世界への光明を見いだした。

 条約の前文には、核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)と核実験による被害者の受け入れ難い苦痛を心に留める―とある。原爆投下だけでなく、第2次大戦後の核開発を巡る被害に言及した点でも画期的だ。

 この条約については、核保有国も被爆国の日本も参加していないとして、核軍縮の実効性を疑問視する論調はあろう。

 しかし現時点の締約国・地域の中には、米仏の度重なる核実験によって生存を脅かされてきた太平洋諸国も含まれる。核開発が常に大国のエゴイズムで強行されてきたこと、そして核軍縮は一向に進まぬことへの憤りが条約という形になった。戦後世界の枠組みに鋭く「くさび」を打ち込んだといえよう。

 人類の生き残りへ歴史的な一歩だが、ゴールではない。

 条約の発効後、1年以内に締約国会議が開かれ、核廃棄の履行を検証する具体策を定めることになる。そこでは本来、核保有国の参加なしには十分な議論ができないのも事実だ。カナダ在住の被爆者サーロー節子さんが「批准国を増やし、条約の実効性を高めなければならない。困難な道はこれからだ」と、気を引き締める通りである。

 日本政府は後ろ向きの姿勢を転換すべきだと、私たちは主張してきた。だが歴史的な一日だったにもかかわらず、きのうの菅義偉首相の国会答弁は「条約に署名する考えはない」とそっけなかった。憤りさえ覚える。

 与党内でも要望が出ている、締約国会議へのオブザーバー参加さえ慎重な姿勢である。

 首相は「現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求するのが適切だ」とも述べたが、それはどのような道筋なのか。「橋渡し役」といった言葉で曖昧にする理屈ではなく、核なき世界の実現へ、日本は主役にならなければならない。

 まずはオブザーバー参加し、保有国ではなく非保有国の側に立つ意思を示してはどうか。将来の会議を広島や長崎で開催するよう提案すべきである。

 条約では核兵器の使用や実験の被害者への医療・心理、社会的、経済的支援や、核実験などで汚染された地域の環境改善も義務付けている。広島・長崎が蓄積してきた科学的な知見やノウハウを生かせるはずだ。

 日本の外交は米国の「核の傘(核抑止力)」を信じて疑わないが、私たちは納得できないでいる。河野太郎前外相は「条約に参加すれば、米国の核抑止力の正当性を損なう」と国会答弁している。だが核なき世界へ歩みが進むなら、核の傘の「正当性」もいずれ問われよう。

 折しも米大統領に就任したバイデン氏は、オバマ元大統領が掲げた「核兵器なき世界」の理念の継承を公言しており、核軍縮に前向きだと推察できる。核に依拠せぬ安全保障の道があり得ないとは断言できない。

 楽観は禁物だろう。核兵器は全世界に拡散している。それでも、この条約に希望を託そう。日本は、広島は何をしていたのか。そう詰問されないような次の時代にしなければなるまい。

(2021年1月23日朝刊掲載)

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