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社説・コラム

『潮流』 北の大地からの便り

■ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 以前、子どもの頃に読んで最も心に残った本について聞かれ「実は、東京大空襲が題材の高木敏子著『ガラスのうさぎ』なんです」と答えた。大学卒業まで暮らした古里北海道に、原爆被害を知る平和学習はない。「ガラスのうさぎ」は、より広く、戦争と命に思いを巡らせることが多かったと記憶している。

 原爆・平和報道に携わりながら「被爆地から遠い北海道での市民の関心は、どうしても薄くなる」と思っていた。最近、その先入観に恥じ入る一件があった。

 高校生だった30年以上前、地元登別の郵便局で年賀状仕分けのアルバイトをしたことがある。2019年秋、小林さんという当時の郵便局員から手紙をもらった。カナダに住む被爆者サーロー節子さんと私の共著のことを北海道新聞で読み「昼休憩中に数学の問題を解いていた、あの高校生だと知って驚いた」という。

 その小林さんから先月、慣れ親しんだ味の詰まった菓子折りが届いた。同封の手紙に「被爆国なのに核兵器禁止条約に日本が不参加とは、本当に悔しく残念」とある。趣味は川柳だといい、呉原爆被爆者友の会会長だった故中津泰人さんの川柳が数句、引用されていた。「カタカナで書く広島は泣くところ」

 電話で初めて小林さんと話した。勉強不足で川柳に疎いことや、被爆地に思いを寄せてくれていることへの謝意を伝えた。「北海道でも、口に出さずともニュースなどで関心を持っている人は結構いますよ」

 年が明けて、小林さんから1995年出版の原爆川柳保存会編「原子野」が届いた。「爆心地耳をすませば骨が哭(な)く」。22日に発効した核兵器禁止条約は、一人一人の人間の苦しみと悲惨な死の上にある―。図らずも、古里からの便りで原点に引き戻された。コロナ禍を経て久々の帰省がかなえば、訪ねると約束した。

(2021年1月28日朝刊掲載)

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