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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 大久野島に学ぶ 毒ガス島歴史研究所事務局長 山内正之さん

負の歴史にも目を向けよう

 瀬戸内海に浮かぶ竹原市の大久野島は近年「ウサギの島」として人気を集めている。一方、旧陸軍の要塞(ようさい)や毒ガス製造工場、米軍の弾薬庫などとして、戦争に使われた負の歴史を心に留めている人はどれだけいるだろう。毒ガス島歴史研究所の山内正之事務局長(76)=竹原市=は、そんな島の近現代史をこのほど1冊にまとめた。大久野島から私たちは何を学べるのか。考えを聞いた。(論説委員・森田裕美、写真・川村奈菜)

  ―四半世紀近く島の歴史を発信してこられました。
 旧陸軍が終戦近くまで毒ガス製造を続け、機密保持のため「地図から消された島」だった事実はいくらかは知られているでしょう。私は、戦中に毒ガス製造に動員された人たちの証言活動を支え、ボランティアガイドとして島にも通ってきました。歳月とともに体験を語れる人は減り、私自身が学んだ内容を伝える活動もしています。

  ―このほどまとめた「大久野島の歴史」では、明治期から現代までを紹介していますね。
 毒ガスに関する本はたくさん出版されていますが、意外にも島の近現代を網羅的にまとめたものがありませんでした。大久野島は、日露戦争を前に芸予要塞が建てられ、第2次世界大戦では毒ガス製造工場、敗戦後の朝鮮戦争時には米軍の弾薬庫となり、3度の戦争に利用されています。島を知る入門書になればと思い、整理しました。

  ―戦後75年をへてまとめたのには意味がありますか。
 75年の節目ということではなく、ここ何年か大久野島がすっかりウサギで有名になったのが気になっていました。観光PRにはそれも大切なのかもしれません。島を訪れ、初めて毒ガスの歴史を知る人もいますから。ただそれにしてもウサギのことばかり。歴史が忘却される気がして。

  ―危機感を覚えたのですね。
 社会に漂う空気が「今」や「楽しいこと」ばかりに向き、悲惨な歴史から学ぼうとする意識が弱まっているように感じます。学校でもメディアでも、大久野島が戦時下でどんな役割を果たしたのか、きちんと伝えられる機会が目に見えて減っています。加害の歴史と向き合う姿勢が希薄になっています。

  ―コロナ下で平和学習に訪れる人も減っているそうですね。
 ガイドの依頼はほとんどキャンセルになりました。一度に多くの人を案内できないなど制限が生じ、ボランティアも難しくなりました。継続的に学習に来ていた学校がコロナを機に行き先を変えたりして途絶えてしまわないかも心配です。収束後にまた来て学んでもらう重要性をネットなどで伝える努力は続けていますが。

  ―なぜ来て学んでもらうことが重要なのですか。
 要塞時代の砲台跡や毒ガス工場の発電所、弾薬庫など「無言の証人」が多く残る大久野島は、島全体が戦争の本質を伝える資料館と言えるからです。

  ―どういうことですか。
 例えば毒ガス工場に動員されて健康を害した人たちは紛れもない被害者です。しかし彼らが製造した毒ガスは中国大陸で多くの人を殺傷しました。そういう意味では加害者でもあります。戦争における被害と加害は単純ではなく絡み合っている。

  ―戦争の実情が学べますね。
 ただ、みんなの意識の中から大久野島が消えてしまうと、戦争遺跡を守れなくなります。今は国有地として国が管理していますが、重要性が多くの人に共有されなければ、いつの日か維持できない建物は壊すということにもなりかねない。だから島を「生きた教材」として活用し継承する努力を続けたい。

  ―ガイドでは原爆の話もされると聞きました。
 広島の戦争について語るときヒロシマは欠かせません。同じように大久野島の歴史も欠かせないものです。加害を含めた戦争の本質を学ばず、被害の実情だけ知って核兵器廃絶を訴えても説得力はありません。戦争は人間と人間の殺し合い。日本が戦争をすれば国民が殺されるだけでなく、国民が他国の人間を殺すことにもなるんだということを私たちは学び、子どもたちに伝えていかねばなりません。

■取材を終えて

 大久野島で毒ガス製造などに従事し、国の健康管理手帳を持つ人は昨年10月1日現在で1145人、平均年齢は91歳を超える。歳月にはあらがえないが、無言で戦争の記憶を伝える「教材」は案外近くにある。歴史に学ぶ努力を怠るまい。

やまうち・まさゆき
 中国・瀋陽生まれ。関西学院大社会学部卒。臨時採用教員などを経て70年から04年まで県立高教諭。在職中から、大久野島毒ガス資料館の初代館長・故村上初一さんらが設立した「毒ガス島歴史研究所」に参加し、島のボランティアガイドを続ける。ネットで情報発信する「大久野島から平和と環境を考える会」代表。著書に「おおくのしま 平和学習ガイドブック」。

(2021年2月3日朝刊掲載)

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