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社説・コラム

社説 英国の核兵器増強 軍拡競争再燃 許されぬ

 核兵器禁止条約が発効し「核兵器のない世界」を目指す国際社会の潮流に水を差す愚行としか言いようがない。

 英国政府が核弾頭保有数の上限を180発から260発に引き上げる方針を明らかにした。中国やロシアを念頭に他国の「核戦力の増強と多様化」への懸念などがその理由という。

 中ロの軍事力強化が目に余るのは確かだろう。しかし核兵器増強で応じれば、核軍拡競争に再び火を付けるだけではないか。人類の滅亡にもつながりかねず、到底許されない。核の惨禍を知る被爆地から怒りの声が上がるのも当然である。

 英国は核兵器の全てを潜水艦発射弾道ミサイルに搭載している。1970年代の東西冷戦期には最多の約500発を保有していた。2020年代半ばまでに今の上限225発を180発以下に減らすのが従来の方針だった。原子力潜水艦の更新時期も迫っており、それを機にした核全廃論も国内にはあった。

 削減方針をジョンソン首相が見直した。今後10年間の外交、安全保障政策を検討してきた結果という。首相は「英国をより強く、より安全に繁栄に導くものだ」と胸を張るが、勘違いも甚だしい。欧州、ひいては世界の平和と安定にもつなげるため、取り組むべきは、核軍縮への積極的な役割ではないか。

 英国は欧州連合(EU)を離脱した。欧州での存在感が薄れると焦っているのだろうか。今後は、インド太平洋地域で影響力を発揮していこうといった首相の思惑もにじんでいるようだ。軍事力を増強している中国へのけん制もあるのだろう。

 根底には「英国と同盟国の安全保障のために依然として不可欠」という核抑止力重視の考えがある。しかし核抑止力は神話でしかない。

 しかも平和や安定を目指す上で、核兵器増強は逆効果しか生むまい。突然の方針変更には、英国内でも疑問や反発の声が出ている。無理もなかろう。

 「核軍拡に走る方向転換だ。怒りに堪えない」と広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之理事長代行は憤る。長崎市の田上富久市長は抗議文書をジョンソン首相宛てに送った。その上で、8月開催予定の核拡散防止条約(NPT)再検討会議への影響に懸念を示している。

 NPTは第6条で、核兵器保有国に核軍縮に誠実に取り組むことを義務づけている。核戦力増強へと方向転換することは、その責務に反している。

 核兵器禁止条約は122カ国・地域が賛成して採択され、今年1月22日に発効した。核なき世界を望む声の方が国際社会では多数派である。しかし核保有国は依然、背を向けている。いつまで核兵器に固執するつもりなのか。時代錯誤と言えよう。

 英国も加わる、米欧の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国内でさえ、核兵器禁止条約に賛同する意見が広がっている。そのことを英国政府は直視すべきだ。

 日本政府の対応も腰が引けている。「核保有国、非保有国の橋渡しをする」と繰り返すだけ。核なき世界を望むなら、行動すべきである。

 核兵器増強は言語道断だと英国政府にはっきり伝えて、再考を促さねばならない。それこそが被爆国の責務である。

(2021年3月19日朝刊掲載)

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