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社説・コラム

[ずばり聞かせて] 設立60年 今後の展望は 広島大原爆放射線医科学研究所 田代聡所長

放射線の影響 解明に力

 広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)が4月1日、1961年の設立から60年を迎える。新たな実験棟の運用を始めるほか、同じく被爆者の健康影響を調べてきた放射線影響研究所(放影研、南区)と資料保存で連携に乗り出している。田代聡所長(59)に今後の研究の展望などを聞いた。(水川恭輔)

  ―60年の間にどのような研究を進めてきましたか。
 原医研の最大の特徴は、被爆者の医療への貢献が強く求められて設立されたことだ。被爆者の間で増えた白血病を中心に血液疾患の治療のための血液内科がつくられ、鎌田七男名誉教授を中心に精力的に研究を続けてきた。被爆者のがんの多さを踏まえて腫瘍外科ができ、肺がんや乳がんの治療に取り組んできた。

 放射線の基礎研究となる物理学や生物学に加えて、原爆で壊滅した街並みを元住民の協力で地図に再現して各世帯の被害を調べる「爆心復元調査」など、社会学的なアプローチも試みてきた。被爆者の医療に関わる資料の保存も重要な使命。大規模な疫学調査を主としてきた放影研と比べ、これらが特徴的と言える。

  ―新たな実験棟を今後の研究にどう生かしますか。
 放射線の影響は今もはっきりと分からないことが多く、解明したい。100ミリシーベルト以下の低線量被曝(ひばく)の影響はその一つ。人によって放射線の感受性に差があるかどうかなどについても、あまり大きな研究がない。再生医療の研究などを進めることで、非常に重度な被曝をした人を助ける方法も開発したい。

 放射線障害の研究と教育は86年のチェルノブイリ原発事故後は重視されていたが、現在は全国的に減っている。原医研の新たな実験棟は、非常に低いレベルから非常に高いレベルまで放射線を照射できる装置を備えている。世界中の若者たちに原医研へ興味を持ってもらい、研究に来てほしい。

  ―放影研と資料の保存を連携して進め、横断的に公開する「デジタル・アーカイブズ」をつくることを目指しています。
 ここ広島にしかない原爆被爆者の医療に関する貴重な資料は数多い。放影研と原医研とでは持っている資料の質に違いがある。横断的に整理し、共同で世界唯一のアーカイブズをつくることは、国内外の研究者にとって大きな意味がある。

 紙の資料が傷んできており、今すぐの対応が求められているため、まずは原医研と放影研で始める。将来的には、この2者を含む8医療・研究機関と広島県、広島市でつくる放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE)の枠組みを生かし、より幅広い資料の保存と発信の取り組みにつなげたい。

 ≪略歴≫広島大医学部卒。ドイツのミュンヘン大研究員、広島大医学部准教授などを経て、2004年に広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)教授となり、19年から所長を務める。専門は放射線生物学、分子細胞生物学、小児科。北九州市出身。

(2021年3月31日朝刊掲載)

被爆調査票や報告書 初展示 原医研が60年記念展

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