×

社説・コラム

天風録 『若松丈太郎さん』

 子どもの遺伝子に親の被曝(ひばく)の影響は見られなかった―。死者を大勢出した旧ソ連のチェルノブイリ原発事故から35年。被曝した周辺住民らの子どもを調べた研究グループが発表した。この結果に、各地の原発近くの住民で安心する人はいるだろうか▲事故の8年後、現地を訪れた福島の詩人若松丈太郎さんは「神隠しされた街」という詩を詠む。人が消えた廃虚の街と自分の町を重ねて。〈私たちの神隠しはきょうかもしれない〉。やがて福島第1原発事故が起きた▲予言詩だ―と騒がれた。「福島に不安を覚え、詠んだが本当になった」。8年前、南相馬市に詩人を訪ねると悲しげに語った。若松さんは原発を「核発電」と呼ぶ。「核物質、核反応を使うのは原爆つまり核爆弾と同じだから」と▲インタビュー後、被災地を車で一緒に巡った。地震と津波と「核災」で人の姿が消えた福島の町々。廃虚を見つめるまなざしは鋭かった。核災を告発し、戦後日本の姿を問う詩や評論を書き続ける。だが訃報が届いた▲運転40年を超す原発の再稼働を地元の福井県議会が容認したという。私たちはまだ原発に頼り、動かすのか。若松さんの作品がまた予言詩になりはしないか。

(2021年4月25日朝刊掲載)

年別アーカイブ