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社説・コラム

天風録 『アダン、生と死のあわい』

 沖縄戦の手記にアダンという植物がよく出てくる。幹から多数の気根を垂らす常緑低木。「やがて弾着を観測するトンボが飛んで来たのでわれわれは見つからないよう、一斉にアダンの茂みに身を投じた」。那覇市編「沖縄の慟哭(どうこく)」から▲虫のトンボにあらず。艦砲の着弾地を偵察する米軍機である。やがて近くに砲弾が降る。アダンの茂みで飯を炊いていた者は助かり、離れていた者は一瞬にして落命した。その群落は海と陸のあわい(間)だそうだが、生と死のあわいでもあったか▲孤高の日本画家田中一村(いっそん)も好んでアダンを描いた。今、三次の奥田元宋・小由女美術館で堪能できる▲奄美で亜熱帯植物の生命力にひかれた一村。スケッチを重ね、物足りなくなると掘って根の張りようを調べ、一礼して土を元通りにする。漁を終えた男が妻とともに海に手を合わせる光景を目にしたからでもあろう。「神を描いた男・田中一村」と題した評伝を読み、土地への深い敬意が画業の底にあると知る▲名声を得ず、個展も開かず没した一村。今は奄美に記念美術館がある。海の向こうの楽土―ネリヤカナヤから神が訪れるという地を、コロナが鎮まれば訪ねたい思いを強くする。

(2021年4月30日朝刊掲載)

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