井上ひさしの遺志 今こそ 「父と暮せば」「母と暮せば」 こまつ座が連続上演
21年5月18日
「核廃絶の願い広げたい」
作家井上ひさしの戯曲を手掛ける劇団「こまつ座」がことし、広島と長崎の原爆をテーマにした「父と暮せば」と「母と暮せば」を連続上演する。「核兵器禁止条約が1月に発効した大切な年。井上ひさしが残したものを引き継ぎ、願ってやまなかった核廃絶という宿題を担っていただく人が一人でも多くなれば」。三女でこまつ座の井上麻矢社長は語る。(山中和久)
1994年初演の「父と暮せば」は原爆投下から3年後の夏の広島が舞台。生き残ったことに罪悪感を抱える図書館員美津江の前に原爆死した父竹造が現れ、「恋の応援団長」として励まし、幸せを願う。
井上ひさしが膨大な数の被爆者の手記を読み込んで編んだ戯曲。父娘の言葉と2人芝居が描く機微に、絶望と未来への希望が交錯する。井上社長は「こまつ座の作品で何を一番見てほしいかと問われれば『父と―』になる」と語る。
2010年に亡くなった井上ひさしには長崎を舞台にした作品を書く構想があった。「母と暮せば」というタイトルも決まっていた。その話を聞いた山田洋次監督が被爆から3年後、助産師をしている母伸子の前に亡くなった息子浩二が現れる物語として15年に映画化。劇作家の畑沢聖悟が「父と―」と同じ2人芝居として戯曲にし、18年初演された。
「私たちは作品を子どもと思っている。『母と―』は遺志を継いだ育ての親が多い子。井上ひさしなら何をしたか、考えながら作り上げた作品で、『父と―』のきょうだい」と語る。
■条約の大切な年
なぜ今、連続上演なのか。「被爆75年の昨年は核廃絶に向けた議論がもっと活発に行われるはずだったのに新型コロナウイルスでかなわなかった。だったら核兵器禁止条約にまつわる大切な年だからやろう、見てくれた皆さんに語ってもらおうと決めた。こじつけかもしれないが、作品に導かれた気がする」という。
<人間のかなしいかったこと、たのしいかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが>。「父と―」で竹造が美津江に言い聞かせる。「このせりふは私たちを含め、今を生きる全ての人たちへのメッセージに聞こえる」のだという。
■不要不急に誇り
演劇界はコロナ禍で公演中止を余儀なくされ、痛手を負った。こまつ座も例外ではない。今回の連続上演にあたり、「父と―」の演出を手掛ける鵜山仁に「不要不急であることに誇りを持とう」と言われた。
「不要不急なことが実は人生の大事な部分。東日本大震災では死者や行方不明者、放射線量、コロナでは感染者、重症者に死者。命が数字で語られる時代はやはり異常。芝居は対話であり、記憶の再現装置でもある。お客さまの想像力で完成する。コロナ以前には戻れないけれど、生の舞台の力を信じて幕を開けたい」
「父と暮せば」は今月21~30日、「母と暮せば」は7月3~14日、いずれも東京・紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAで。こまつ座☎03(3862)5941。
(2021年5月18日朝刊掲載)