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社説・コラム

『潮流』 バラに託す

■ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 ちょうど昨年の今ごろ、ベランダに置いた2鉢のバラが初めて握りこぶし大のピンクの花を咲かせた。ところが今年は明らかに葉も花も小さい。栄養不足か。もしや、うどんこ病か…。花の寄せ植え作りを毎年楽しんでいるが、バラ栽培は異次元の繊細さが必要だ。

 バラ育種家で被爆者の田頭数蔵さん(92)=廿日市市=から「アイキャン」を譲り受けて以来、にわかバラ愛好家として悪戦苦闘している。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))の活躍に感動した田頭さんが、自ら交配した品種である。

 田頭さんは東京都多摩市の植物園などに送っており、徐々に知名度は上がっている。仲立ちしたICANの川崎哲(あきら)国際運営委員は「バラを通して核兵器廃絶運動と関わりがなかった人との接点ができた」と喜ぶ。

 私も、広島の被爆者で七宝作家の田中稔子さん(82)を取材した昨年、似た感慨を覚えた。縁あって田中さんは、米国各地の日本庭園に協力し、「砂紋」をデザインした。庭師たちは反核運動と縁遠かった人ばかり。それでも、枯れ山水に熊手を当て、砂紋に託された平和への願いに思いをはせながら語り合っていた。

 ヒロシマとナガサキを受け継ぐ営みは、人それぞれ、さまざま。枯れ山水やバラを含め、意外な「入り口」もあっていい。そこで芽生えた関心を持続させ、生身の人間が強いられた痛みを知ろうとする人の裾野が広がってこそだろう。

 ICANの若者たちへの謝意や、無念の原爆犠牲者への思いが詰まったバラ。万が一にも枯らしてはいけない。田頭さんは「つぼみを全部摘みなさい。葉に栄養を回して」と助言してくれた。「失敗は当然。焦らずに」

 きのう朝、約20個を泣く泣く切り落とした。核兵器禁止条約の発効決定から1周年の10月には、何とか再び咲かせたい。

(2021年5月20日朝刊掲載)

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