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社説・コラム

[インサイド] 工費圧縮・重文級 決め手 広島県、被服支廠3棟耐震化 利活用など課題

 広島県が19日、広島市南区に所有する最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」の3棟を耐震化すると表明し、被爆者たちが願う「3棟保存」が一歩、近づいた。2019年12月に「2棟解体、1棟の外観保存」の安全対策原案を打ち出した後、再調査で建物に想定以上の強度があると判明。工事費を圧縮できる見込みが立った上に、国重要文化財(重文)級の価値との指摘も重なり、県は徐々に「3棟耐震化」の判断へ傾いていった。ただ、利活用策や財源など、保存を確定させるための道のりにはまだ課題が多い。(河野揚)

 この日の県議会総務委員会。「『重文級ならば、3棟の安全対策を認めていい』というのが会派では大半だ」。最大会派の自民議連(33人)の森川家忠氏(竹原市・豊田郡)は、3棟の耐震化を支持した。

 「県の提案を着々と進めてほしい」「解体を棚上げしたのを評価する」。自民議連とともに、湯崎英彦知事の県政運営を支える民主県政会(14人)と公明党議員団(6人)からも歓迎する声が相次いだ。

一度は原案決断

 これまで、3棟保存の最大のハードルとされてきたのは、多額の耐震費用だった。県は17年度の調査で、全面活用案の概算工事費を1棟当たり33億円と試算。19年12月公表の原案を一度は「決断」する要因となった。自民議連内でも「約100億円もかけられない」との意見は強かった。

 一方で、あの日の記憶を伝える被爆者が少なくなる中、最大級の被爆建物を2棟も壊すとする県の姿勢への反響は大きかった。被爆者団体はむろん、県選出の自民党国会議員からも解体に反対する声が上がり、「政治案件」としての様相を濃くした。

 県は20年度、被服支廠の担当を財産管理課から新設の専従班へ移し、態勢を強化した。安価な工法を探るために再調査のカードを切り、建物の強度が想定より高いと判明。昨年12月には全面活用でも概算工事費を約半分に抑えられる結果を導き出すことができた。

 これを境に注目度が急速に高まったのが、選択肢に加えた内部見学案だった。概算工事費は1棟5億8千万円と、全面活用1棟分で3棟を対象にできる。「後世に『おまえが壊した』と誰も言われたくない」(ベテラン県議)と、県議会内の空気が変わり始めた。

 再調査で県の有識者会議から「重文級」と指摘されたのも大きい。県は文化庁に調査官の視察を依頼。今年4月には、内部見学案の耐震化はおおむね妥当との意見を得た。

自民議連の動向

 県が原案から方針を大転換させる判断で重視したのは、原案を支持してきた自民議連の動向だった。自民議連は県の担当者を招いて勉強会を重ね、「重文級で壊せないので3棟を保存する、というのなら納得できる」(中堅県議)。原案を支持していた若手も最終的に説得し、3棟の安全対策への後押しを取り付けた。

 県は19日の総務委で3棟耐震化を表明しつつ、「保存」には一貫して踏み込まなかった。「利活用策が決まらないのに、保存は打ち出せない」という声が自民議連内で強いためだ。県経営企画チームの三島史雄政策監は「利活用の検討は時間を要する。国や広島市とともに検討を進める」と述べるにとどめた。

 もう一つの大きな課題が財源の確保だ。重文指定には数年かかるとみられ、それまで文化庁の補助金は見込めない。昨年1月に当時の安倍晋三首相が「県の議論を踏まえ国として対応したい」と述べ、広島市の松井一実市長は今年1月、利活用が決まれば費用の一部を負担する可能性に言及したのが頼みの綱となる。国と市を巻き込む、県のリーダーシップが欠かせない。

(2021年5月20日朝刊掲載)

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