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社説・コラム

天風録 『「路上の知恵」を育む街は』

 街を学びの場と見立ててみる。さまよい歩き、土地勘のある人と出会いを重ねる。すると、そこで生きていく知恵や術(すべ)がいつしか備わってくる。昨年鬼籍に入った評論家の坪内祐三さんはそれを「ストリートワイズ」、路上の知恵と呼んでいた▲だから、かもしれない。街歩きで親しんだ風景が消えていくのを人一倍悲しんだ。そんな自身を、「電信柱を次々とこわされていく犬」に例えたこともある。時代の薫る街並みは、自分史の付箋でもあったのだろうか▲路上の知恵を育むには、特にかけがえのない場もある。広島で最大級の被爆建物に保存への扉が開いた。解体の憂き目にさらされていた旧陸軍被服支廠(ししょう)である。原爆ドームと同様、「残しておいてよかった」と言えるようにしたい▲尾道でも、名誉市民の画家小林和作のアトリエ兼旧居が命拾いをすることになった。風雨で傷み、さら地となる寸前だった。救い主は、地元で民家再生を手がけるNPO法人と聞く。まさしく路上の知恵者ではないか▲被服支廠も和作の旧居も、街の来し方について学べる「古老」のようなものだ。古きを温(たず)ねて、未来に思いをはせるのが広島の流儀と記憶される日が待たれる。

(2021年5月21日朝刊掲載)

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