×

遺品 無言の証人

[無言の証人] 溶けたガラス瓶の塊 

4歳弟が浴びた熱量

 熱で溶けて塊と化した、数十個のガラス瓶。19歳で陸軍兵だった藤塚実さん(1998年に72歳で死去)が、自宅があった爆心地約1・8キロの広島市的場町(現南区)で拾った。藤塚さんの亡き弟への思いが込められている。

 45年6月、藤塚さんは部隊移動のため山口県に向かった。広島駅に駆けつけた弟の忠ちゃん=当時(4)=は駅員の制止を振り切ってホームに入り、何度も「兄ちゃん」と叫びながら窓をたたいた。「いつ帰るんね」「すぐ帰るから」。列車は出発した。

 8月6日、自宅近くの荒神橋(現南区)で遊んでいた忠ちゃんを熱線が襲った。爆心地から約2キロ。後頭部の皮が剝がれ、全身大やけどを負った。家族は防空壕(ごう)に逃げ込み、一夜を明かす。忠ちゃんは、体を横たえたまま幼稚園で習った「こいのぼり」を歌い続けたという。翌朝、息を引き取った。

 藤塚さんは9月下旬に広島に戻り、自宅の焼け跡に初めて立った。弟の死を知り、ぼうぜんと市内を歩き回ったという。後に、自宅前にあったインク工場の跡で瓶の塊を見つけた。弟の姿と重なったのか。「熱かったんじゃろうなぁ」とつぶやいたという。

 藤塚さんは66年、この瓶を原爆資料館に寄贈した。三女田中万里子さん(62)=安芸区=は「お国のために死ぬ覚悟だった自分ではなく、幼い弟が死んでしまった、と悲しんでいました」と話す。同館を案内するヒロシマピースボランティアとして活動する田中さんは、展示の前で足を止め、来館者に忠ちゃんと生前の父のことを伝えている。(湯浅梨奈)

(2021年5月24日朝刊掲載)

年別アーカイブ