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[考 fromヒロシマ] 被爆の記憶 どう継承 広島市減る「証言者」 昨年度初めて応募ゼロ

高齢化で引退・死去/研修短縮 負担軽く

 自らの被爆体験を修学旅行生や観光客に語る広島市の「被爆体験証言者」。現在、78~93歳の34人が登録している。証言の依頼は絶えない一方、証言者は高齢化。引退や死去により担い手の減少が続く。証言者の負担を軽減しようと、研修期間を従来の2年間から1年間に短縮し、市は本年度の新規募集を始めた。「記憶の継承」を巡る模索をみる。(新山京子、湯浅梨奈)

 「父は原爆でひどいケロイドが残り、働く気力を失ってしまいました」。4月下旬、山瀬潤子さん(84)=中区=が、原爆資料館メモリアルホールで山陽女学園高(廿日市市)の生徒約130人に証言した。

 8歳の時、爆心地から約2・2キロの段原中町(現広島市南区)で被爆。父親はより爆心地近くで熱線を受け、首や手に大やけどを負った。後遺症で腕や指は曲がり固まった。

 証言は約1時間。自らの体験とともに、米軍が原爆を広島に投下した経緯や、現在の世界の核状況などに触れた。2年の山本芽依さん(16)は「体験を聞くことで、平和活動に取り組もう、という思いがさらに強まった」と話していた。

 山瀬さんは、約2年の研修を終えて、昨年度から活動を始めた。長年住んだ下関から5年前に古里広島へ戻ったのがきっかけだった。「80歳すぎからの新たな挑戦に不安もあったが、何か行動したかった」。証言は12回を重ねる。ただ、新型コロナウイルス感染が拡大して以降、キャンセルも少なくない。

 広島では被爆者団体や平和団体、市民グループなどが長年にわたり被爆者の証言活動を支えてきた。語り手には被爆教師も多くいた。広島を訪れる修学旅行生の急増を受けて1983年、市の証言者の登録制度が始まった。2012年度、研修制度を導入した。

 研修では、原爆被害に関する基礎知識や話し方の講座を受けた後、体験を原稿にまとめ、表現方法を磨く実習に取り組む。終了後、原爆資料館を運営する広島平和文化センターから委嘱状を受け、市の証言者として「デビュー」する。

 同館啓発課によると昨年度は、証言者41人のうち5人が亡くなり1人が体調不良で引退した。4月10日には国内外で精力的に核兵器廃絶を訴えてきた岡田恵美子さんが84歳で他界。34人となった。そのうち「数人は体調が優れず、活動を依頼できない状況」だ。家族の介助なしに証言会場へ出向くのが難しい人もいる。

 さらに、新たな局面にさしかかっている。募集を担当する市平和推進課によると、昨年度の応募はゼロ。12年度以降で初めてだった。

 「新型コロナウイルスの影響も考えられるが、それ以前からの課題」と研修を担当する市被爆体験継承担当課の稲田亜由美課長。研修期間の短縮は、被爆者の負担を軽くし、早く活動を始めてもらう必要性の高まりが背景にある。証言原稿の執筆期間の短縮などで対応するという。

 証言者の中西巌さん(91)=呉市=は「あまり条件を加えず、新たな仲間が増えてくれる方がありがたい」と歓迎する。中西さんは、原爆資料館を通さない証言依頼も受け、可能な限り語っている。「証言できる人が、続けていくしかない」

 市は、より若い世代が証言者の記憶と平和への思いを語り継ぐ「被爆体験伝承者」の研修も3年から2年にする。やはり、家庭や仕事の都合で「完走」を断念する人がいるからだ。証言者と伝承者ともに、本年度の募集は6月15日まで受け付けている。

 現在、新型コロナの感染拡大を受け、原爆資料館は3回目の臨時休館に入っている。オンライン活動なら影響はないが、「対面」は難しい。そんな中でも山瀬さんは、原爆被害の実態や世界の核状況に関する学びを怠らない。「何を聞かれてもちゃんと答えたい。語る側の責任です」。証言を聞く側にも、語り手の使命感と向き合い、今できる体験継承を模索する責任があるのではないだろうか。

他地域でも課題

長崎の被爆者証言 研修は半年 通年募集

沖縄ひめゆり資料館 元学徒隊の講話終了

 証言者の高齢化は、もう一つの被爆地長崎や地上戦で多数が犠牲になった沖縄でも課題だ。

 「長崎平和推進協会」に登録している被爆者は77~94歳の42人。同協会のホームページに、名前や被爆時の年齢、体験の概要などを掲載している。応募時に被爆体験を4千字程度の作文に書き、面談を受ける。約半年の研修を経て活動を開始する。

 協会によると、現在まで40人前後を維持している。思い立った被爆者がいつでも応募、活動できるよう、通年募集にしていることが大きいという。証言者が知り合いの被爆者に働き掛けて、被爆時年齢が0~3歳の人も加わるなど、新しい動きも出ている。

 長崎で次世代継承を担うのは、44人いる「家族・交流証言者」。自分の肉親の体験を受け継ぐ人を含むのが特徴だ。

 沖縄戦に動員された「ひめゆり学徒隊」の体験を伝えるひめゆり平和祈念資料館(沖縄県糸満市)では、2015年3月に元学徒隊による館内での講話事業を終了させた。代わりに同館学芸課の職員5人が修学旅行生らに語っている。

 それでも新型コロナ禍までは90代後半の体験者が子どもたちに不定期に語っていたが、再開のめどは立たない。同館は「肉声による証言は難しくても、当事者たちの思いを展示などから何とか伝えていきたい」としている。

(2021年5月31日朝刊掲載)

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