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連載・特集

[考 fromヒロシマ] 核先制不使用 今こそ実現を 米政権交代受け活動強まる

 「使える核」を求めたトランプ大統領からバイデン大統領へと政権交代した米国で、核使用の危険性を事実上封じていく政策変更を実現させようと、平和団体や核問題の専門家が活動を一気に強めている。核兵器を相手より先に使わないと宣言する「先制不使用」の採用などが焦点だ。被爆地からどう見るべきか。核兵器禁止条約の推進、という観点からどんな意味があるのだろうか。(金崎由美)

「大惨事の危機」ペリー米元長官やサーローさん

 米中西部カンザス州ローレンスの市民団体「国際平和センター」が5月20日、「核の大惨事をどう防ぐか」と題するオンライン討論会を開いた。オバマ元大統領が唱えた「核兵器なき世界」を後押ししたウィリアム・ペリー元国防長官(93)らが出席。広島で被爆したカナダ在住のサーロー節子さん(89)も加わった。

 「サイバー攻撃や人的ミスによる誤発射は差し迫った危険。私自身、危機一髪を経験してきた」とペリー氏が力を込めた。サーローさんは自らの被爆体験を語り「核兵器禁止条約の加盟国を増やそう」と訴えた。

議会占拠に仰天

 ローレンスは、米ソ全面核戦争の恐怖を描いた冷戦期の映画「ザ・デイ・アフター」のロケ地。米中西部は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の基地が集まる地域だ。「この地からの発信には意義がある」とロバート・スワン代表は語る。

 昨年、日本でも翻訳出版されたペリー氏の著書「核のボタン」(朝日新聞出版)を読んで危機感を覚えたことが行動のきっかけという。今年1月、在任中のトランプ大統領が扇動し、暴徒が連邦議会を占拠した事件に仰天した。「このような人が核のボタンを握っている」。核兵器の発射命令は大統領の専権事項。議会承認を得る義務もない。

 前回の民主党の大統領予備選に出たウォーレン上院議員らは4月、核の先制不使用を米国の政策と規定する法案を提出した。スワン氏たちは、このような議会の動きを支持している。

 討論はペリー氏が掲げる10の提言に基づき行われた。「専権事項の見直し」とともに、「先制使用の禁止」なども重点項目だ。

誤作動の可能性

 米国は、核拡散防止条約(NPT)を順守する非核保有国には核攻撃をしないと保証する一方、そうでない国には、化学・生物兵器、通常兵器にも核で対応するオプションを冷戦期から維持する。核兵器の役割を減らさない限り、大胆な核削減は難しいとされる。

 先制使用は、いつでも核を打てる警戒態勢を伴う。特に爆撃機や潜水艦より標的になりやすいICBM約400発は、ロシアからのミサイルが約30分で着弾、破壊される前に発射できるという。西部劇の決闘のよう。誤認、誤作動や誤発射の危険が常に指摘される。

 「冷戦の遺物」の撤去を求める声がある一方、巨費を伴うICBMの更新計画が提案されている。「核抑止力強化」の壁は厚い。軍産複合体とも密接に絡む。

 これに対し、ペリー氏は「米国の通常戦力で十分対応できる」と強調する。サーローさんは「平和記念公園に(核兵器の発射命令を下すための一式が入った)ブリーフケースを持ち込んだ。無神経だ」とあえて5年前のオバマ氏の広島訪問に言及した。「原爆や核実験の被害者の苦しみと向き合った上で、技術的な議論をしてほしい。そう求めるのが被爆者の役目」

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日本政府にも賛同迫る

 議員の国際団体「核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)」などは、スイスで16日にある米ロ首脳会談に合わせ、両国が核兵器の先制不使用を採用するよう求める公開書簡と、英国のオーウェン、リフキンド両元外相ら各国の閣僚経験者、市民合わせて900人余の賛同署名簿を発表した。日本から20人以上が名を連ねた。

 バイデン政権による核政策指針「核体制の見直し(NPR)」策定を見越した動きでもある。バイデン氏は就任前、先制不使用に賛同する発言をしている。では、何がどう書かれるか―。「核の傘」の下の同盟国の意向が影響を与える。

 2010年に発表されたオバマ政権のNPRでは明記に至らず、16年の広島訪問後に再度、政策変更を試みたものの頓挫したとされる。背景に、核抑止力の弱体化につながる、と日本政府が水面下で強硬に反対していたことが報じられた。

 横浜市のNPO法人ピースデポは、各国の反核平和団体が保有国に先制不使用の採用を求める世界的なキャンペーンに加わった。日本国内でも、政府や国会にさらに働き掛けていく。「核兵器を『先制』でなければ使う可能性が残る政策への賛同に、矛盾を感じる人はいるかもしれない」と梅林宏道特別顧問。「しかし、オバマ政権時と同じ轍(てつ)を踏んではならない」

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事実上禁止 広島の議論説得力

阿部元国連事務次長

 オーストラリアのエバンズ元外相らが4月、核の先制不使用をテーマにオンラインで議論した。外務省出身で元国連事務次長(軍縮問題担当)の阿部信泰氏(75)は「反対だったが徐々に考えが変化した」と発言した。広島との関わりが契機という。経緯を聞いた。

 2008~09年、日本とオーストラリア両政府が提唱した「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」に加わった。ともに米国の同盟国だが、エバンズ共同議長は先制不使用に賛成。われわれは強く反発し、北朝鮮の生物・化学兵器、通常兵器に対しても米国の核抑止力が必要だと主張した。広島会合を経てまとめた報告書は、北朝鮮が未加盟の化学兵器禁止条約に全ての国が入ることも合わせて求める内容で折り合った。

 その後、広島県の「国際平和拠点ひろしま構想」などの枠組みで、米国の核専門家たちの説得力ある議論を聞いてきた。彼らは、米国と韓国の通常戦力で北朝鮮に十分対応できると明言する。先制不使用だけでなく国際人道法の厳格な適用を求めれば、実質的に核兵器禁止条約に近くなる、という議論もある。「核兵器ゼロ」には直接つながらなくても、現実を踏まえ、間違っても核を使わせないための当面の方策を発信する意義は大きい。

 ただ同時に、米国、ロシア、中国の間で通常戦力の軍拡競争を抑えるよう働き掛けることが必要だと私は考える。決して簡単ではないが、朝鮮半島の非核化とアジア太平洋地域の安全保障・信頼醸成の両方を実現しなければならない。

 現在、中国とインドが先制不使用を宣言している。旧ソ連も一時期宣言したが、実は表向きだけだった。このイメージが想起されないよう、米国では「核兵器の唯一の目的は核使用の抑止に限定する」と違った表現が使われている。

 バイデン政権は、核兵器の役割限定と、同盟国の政府との緊密な安全保障協議を明言している。そこで日本の市民の意思から離れた要求が米側に伝わり、「核抑止力の弱体化は同盟国を不安にする。核武装の懸念もある」と核兵器維持の理由付けに利用されることは避けなければならない。

(2021年6月15日朝刊掲載)

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