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社説・コラム

『今を読む』 市民グループ代表 渡部久仁子(わたなべ・くにこ) 広島市の平和推進条例案

幅広い意見聴き 練り直しを

 広島市が取り組む核兵器廃絶や平和の実現に向けた施策を継続、推進する指針として、広島市議会が初の議員提案で「平和推進基本条例」の制定を目指している。6月定例会で審議して、成立させる見込みという。

 私は、条例の素案が今年発効した核兵器禁止条約について触れていないことなどに疑問を持ち、若者有志たちとともに市民グループ「平和推進条例の改善を求める市民キャンペーン」を2月に立ち上げた。素案の内容や問題点などを会員制交流サイト(SNS)で発信するとともに、市民意見の募集に応じ、市民の声を反映して修正するよう要望や陳情をした。

 問題点としてまず挙げられるのは、「平和」の定義が狭すぎることだ。条例案では「世界中の核兵器が廃絶され、かつ、戦争その他の武力紛争がない状態」と定義されている。しかし、2020年の広島市基本構想では「単に戦争がない状態にとどまらず、良好な環境の下に人類が共存し、その一人一人の尊厳が保たれながら人間らしい生活が営まれている状態」とある。なぜ、この定義より狭くなったのか。

 子どもたちは今、学校で国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」について学んでいる。紛争や虐殺、貧困や搾取、環境問題、差別や偏見などのあらゆる暴力を平和の対義語として捉えているのだ。そんな子どもたちに、大人が核兵器と戦争がなくなれば平和だと説明するのか。

 国際平和文化都市を目指す広島市が「平和」をどう考えるか、責任を認識すべきだ。狭小な定義は広島市への信頼を損ねかねない。世界に通用する定義にする必要がある。

 核兵器禁止条約について触れていないことも大きな問題だ。この条約は核兵器の使用はもちろん、製造から保有、使用の威嚇まで全面的に禁じている。被害者支援や環境汚染の改善を協力して進めることも定めていて、被爆地・被爆者の長年の訴えを集大成したような画期的な内容だ。

 核兵器廃絶に向け大きな一歩を刻む条約が発効した記念すべき年に、被爆地広島の市議会が「平和推進基本条例」を作るというのに、なぜ核兵器禁止条約に一言も触れないのか。日本政府と同様、広島市さえも禁止条約に消極的だと誤解されかねない。

 世界中のヒバクシャや市民の悲願である核兵器禁止条約について、明文化すべきではないか。

 憲法違反が疑われる条文もある。第5条「市民は、本市の平和の推進に関する施策に協力する」と第6条2項「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式を、市民の理解と協力の下に、厳粛の中で行うものとする」という部分だ。

 広島弁護士会や被爆者団体から、憲法で保障された「表現の自由」や「思想信条の自由」を制約すると指摘されている。この文言のまま条例になれば、罰則規定はないとはいえ、次なる「規制の根拠」となることが懸念される。

 審議の過程にも疑問を感じた。条例案への市民意見募集に対して、千件以上の意見や要望が寄せられた。しかし、この条例案について話し合う、市議会各会派の代表者でつくる政策立案検討会議では、市民の意見はほとんど反映されなかった。会議を傍聴したが、全会一致の原則を採用していたため、たった一人の議員の反対で、市民意見が採用されないこともあった。

 また、検討会議の議員は、今までの議論や経緯の確認、自身の意見を主張するばかりで、市民の意見を分析し、それを反映させようとする姿勢は感じられなかった。

 さまざまな意見が寄せられたにもかかわらず、「被爆75年を迎え」が「被爆75年が過ぎ」という1カ所の訂正にとどまった。大変残念で、さらに検討が加えられるべきだ。

 定例会での審議が拙速なものと言われないように、法律の専門家や、市民の意見を幅広く取り入れ、多くの市民の理解が得られるように練り直すべきではないだろうか。

 広島の子どもたちや世界中の友人たちに誇れる条例を作ってほしい。それが私たちの願いだ。

 80年広島市生まれ。大谷大卒。NPO法人「ANT―Hiroshima」(アント・ヒロシマ、広島市)理事。ドキュメンタリー映画「はだしのゲンが見たヒロシマ」(11年)では製作プロデューサーを務めた。

(2021年6月19日朝刊掲載)

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