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社説・コラム

『潮流』 記事を次世代に

■ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 記者は誰でも「この話題については必ず書こう」と取材に着手しながら、ほかにもネタを抱え、「果たして記事化できるか」「読者に知らせるべき情報だろうか」などと常に考えを巡らせている。「これを読者に伝えたい」という思いは、もちろんある。そのような記事ほど、記者の個性がにじみ出る。

 私自身は、ささやかな話題であっても「数十年後に読む人のため、記録として載せておこう」と判断することが少なくない。特に原爆被害や被爆証言に関する記事は、将来世代と共有し、時代の検証に役立ててもらうべきコンテンツだと自負している。ジャーナリズムや歴史などの専門家の研究材料でもある。

 とはいえ新聞紙は、1日たてば古新聞。電子版やウェブサイト上でも、末永く読み継がれる記事は一部だろう。

 2019年11月に開始した本紙連載「ヒロシマの空白 被爆75年」を再編集し、先週出版にこぎ着けた。書籍には日々の新聞紙面とは違う力がある、とあらためて感じている。

 広島原爆の犠牲者は1945年末までの推計値で「14万人±1万人」とされるが、実数は分からない。担当記者たちは、埋もれた死者の存在や引き取り手のない遺骨の身元を突き止めようとした。原爆で壊滅する前の広島の街並みの写真を一枚一枚集め、原爆犠牲者の遺族の悲しみに耳を傾けた。取材班が向き合ったさまざまな「空白」のいまを克明に記録する。

 数日来、取材に応じてくれた方たちから温かい言葉をいただいている。「本の中で、自分たちの被爆体験が後世に残されることがうれしい」「5年後、10年後には直接取材がかなわないかもしれない。貴重な記録」。励みを力に、「ヒロシマの空白」を埋めようとする私たちの努力はこれからも続く。

(2021年7月1日朝刊掲載)

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