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黒い雨「決着早く」 老いる原告、いらだちも

 「黒い雨」を浴び、長く健康被害に苦しんできた人たちは、被爆から76年のあの日を前に再び歓喜に沸いた。原爆投下直後に降った放射性物質を含む黒い雨を巡る訴訟で14日、広島高裁は原告84人全員を被爆者と認定した昨年7月の一審判決を支持し、国などの控訴を退けた。現行の被爆者の認定要件の枠組みを広げる判断も示された「画期的な判決」(弁護団)。「一日も早く全面決着を」。老いを深める原告は、国や広島県、広島市に上告の断念を強く求めた。(根石大輔)

 「控訴を棄却する」。午後3時、広島高裁の304号法廷に西井和徒裁判長の声が響いた。直後、高裁前では支援者たちが「全面勝訴」の紙を掲げ、喜びを分かち合った。「私たちが真実を言っていたと認めてもらえた」。原告団の高野正明団長(83)=広島市佐伯区=は感無量の表情を見せた。

 判決後、高裁近くの広島弁護士会館であった報告集会。原告や弁護団、支援者たち約150人が集まった中、弁護団の竹森雅泰弁護士が今回の判決の意義を強調した。「一審判決をさらに強化し、被爆者援護行政の根本的な見直しを迫る画期的な判決だ」

 高裁判決は、黒い雨で健康被害が生じることを否定できないと判断。一審判決が、がんなど11疾病の発症を被爆者の認定要件としたのに対し、未発症の人も救済できる新たな枠組みを示した。

 「内部被曝(ひばく)の健康への影響が科学的に未解明な点を考慮し、被曝の可能性がある人は広く救済する必要があると示した。黒い雨被害に長い間苦しんできた人の『救済漏れ』がなくなる」。集会に参加した内部被曝に詳しい広島大の大滝慈(めぐ)名誉教授は評価した。

 国は一審判決を受け、昨年11月に援護対象区域の拡大を視野に入れた有識者による検討会を設置。今月中に中間まとめをする考えを示しているが、具体的な方向性はまだ見えない。

 「多くの人が苦しみながら亡くなった」。原告の一人、高東征二さん(80)=佐伯区=は悲痛な表情で語った。2015年の提訴後、10人以上の原告が亡くなった。高東さんには、再び全面勝訴した喜びといらだちが交錯する。「この裁判は原告だけのものではない。黒い雨を浴びた多くの人が見守っている」

 原告たちは15日、県と市に対し、上告の断念を訴える。「もう裁判は終わりにしてほしい」。今度こそ思いが通じると信じている。

未発症も救済 明快判決

広島大の田村和之名誉教授(行政法)の話
 内部被曝による健康影響が科学的に未解明で、被曝線量の推定は困難である以上、黒い雨を浴びるなどしたことによる健康被害の可能性を否定できなければ特定11疾病の有無にかかわらず認定すべきだとした明快な判決だ。黒い雨を浴びたり、被爆者の救護や搬送に携わったりした人たちが該当する、被爆者援護法が定める「3号被爆者」の考え方を、国に真正面から改めるよう迫る内容。3号被爆者の認定を巡る他の訴訟にも影響を及ぼす可能性がある。

「被爆者」定義 明確化を

東北大大学院の細井義夫教授(放射線生物学)の話
 被爆者援護法にある「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」(3号被爆者)という記述に基づいて被爆者かどうかを判断すれば、黒い雨に遭った人が被爆者に該当するという広島高裁判断は妥当だ。黒い雨には放射性物質が含まれていた可能性が高い。被曝線量は低いとみられるが、被曝の影響を受ける可能性をゼロと判断することはできないからだ。国は、援護法の定める「被爆者」の定義をより明確にし、説明する必要がある。

「上告したくない」 県、国に断念要請へ

 「黒い雨」による被害を認め、原告84人全員に被爆者健康手帳の交付を命じた14日の控訴審判決。被告側の広島市、国は、上告を含む今後の対応について「関係者と協議する」として明言しなかった。一方で広島県は、湯崎英彦知事が「原告の切実な思いが認められた。県としては上告はしたくない」と強調。国に上告の断念を求めていく考えを示した。

 湯崎知事は県庁で、一審広島地裁に続く原告全面勝訴の判決を「苦しんでいる黒い雨体験者の切実な思いが高裁でも認められたのは非常に大きな意義がある」と評価した。黒い雨を体験して罹患(りかん)している人について「不合理でない限り、被爆者と認めて救済すべきだ」と説いた。

 裁判で被告となった県と市は、被爆者健康手帳を国の代わりに交付しているだけで、制度設計に裁量の余地がない。湯崎知事は厚生労働省に対して「何らかの形でわれわれの考えを伝えたい」として、上告断念を進言する姿勢を鮮明にした。ただ最終的な対応は、厚労省や市と協議して決めると述べるにとどめた。

 松井一実市長はコメントを出し「心身に苦しみを抱えてきた黒い雨体験者の切なる思いが、一審に続き認知された」と受け止めた。今後の対応は「降雨地域の拡大を目指す市の思いを訴える立場で県や厚労省との協議に臨む」と説明した。

 加藤勝信官房長官は、判決後の記者会見で「国側の主張が認められなかった。今後については関係省庁で判決の内容を十分精査し、県、市と協議して対応していく」と語った。

 その上で、一審判決を受けて厚労省が設けた、援護対象区域を再検証する有識者会合に言及。「単に科学的データを積み重ねて答えを出していくだけではなく、対象者が高齢化し、時間がないことも念頭に置いた作業が必要だ」と述べた。

 国の主張がどの部分で認められなかったのかについては、厚労省健康局総務課の石井博之企画官が「判決を精査している段階で、現時点では答えられない」と繰り返した。

(2021年7月15日朝刊掲載)

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