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広島市も上告断念要請へ 黒い雨訴訟 「政治判断」求める

 原爆投下後に降った「黒い雨」を巡って原告84人全員を被爆者と認めた広島高裁判決を受け、広島市の松井一実市長は16日、東京・霞が関の厚生労働省で田村憲久厚労相と面会し、上告を断念するよう直接要請する。裁判を終結させ、現行制度より黒い雨の被害者を被爆者として広く救済する「政治判断」を求める考えだ。広島県の田辺昌彦副知事とともに上京する。(久保田剛)

 広島高裁判決は、黒い雨に遭い健康被害を訴える広島県内の原告84人(うち14人は死亡)に被爆者健康手帳を交付するよう命じた。初の司法判断となった昨年7月の一審広島地裁判決に続き、黒い雨が国の援護対象区域より広い範囲に降ったとし、国の「線引き」の妥当性を明確に否定した。

 複数の関係者によると、松井市長は一、二審の判決を踏まえて、被爆者援護行政が大きな分岐点にあるとの認識を田村厚労相に伝える。その上で、黒い雨の被害者が高齢化し、年々少なくなっている現状を説明。上告断念による裁判の終結と、幅広い救済への「政治判断」を求めるという。

 高裁判決は、一審が認定要件としたがんや白内障など11疾病の発症にとらわれず、黒い雨に遭った人は被爆者に当たると判断した。この判決に沿えば、被爆者健康手帳を交付するハードルが下がり、原告以外の黒い雨の被害者に救済の幅が広がる可能性がある。これらの状況に鑑みて、松井市長は早急な制度改正についても国と協議したい意向だ。

 裁判で被告となった市と県は、被爆者健康手帳を国の代わりに交付しているだけで、制度設計には裁量の余地がない。湯崎英彦知事は14日の高裁判決後、「原告の切実な思いが高裁でも認められた。県としては上告したくない」と述べ、国に上告断念を求める考えを既に表明している。

 松井市長は要請に伴い、16日に平和記念公園(広島市中区)を訪れる国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の出迎えと対談を欠席する。小池信之副市長が代わりに対応する。

被爆地の行政 強い姿勢で■救済実現を

原告団と弁護団 期待感

 「黒い雨」訴訟の二審広島高裁判決を巡り、被告の広島県と広島市が16日に厚生労働省に上告断念を要請するのを受け、原告団と弁護団は15日、期待感を示した。原告84人全員を被爆者と認めた昨年7月の一審広島地裁判決後、県市が同じく国に控訴断念を求めながらも控訴に至った経緯がある。原告たちは「司法のメッセージをしっかり届け、被爆地の行政として強い姿勢を見せて」と求めた。

 「あの日から76年。これ以上、救済を引き延ばされるのは耐えられない。『上告しない』と国に強く伝えてほしい」。高裁判決から一夜明けた同日、原告団の高野正明団長(83)=佐伯区=は、市幹部に上告断念などを求める申し入れ書を手渡し、切々と訴えた。

 黒い雨に遭った人について現行の被爆者認定の枠組みを広げる判断を示した高裁判決。県の昨年の推計によると、国の援護対象区域外で雨に遭うなどした人は約1万3千人(原告、死者を除く)に上る。原告の一人、高東征二さん(80)=同区=は「私たちに残された時間は少ない。高裁判決を尊重し(厚労相に)幅広い救済の実現を働き掛けて」と求めた。

 弁護団の竹森雅泰弁護士は「原爆被害の特殊性に鑑みて国家的補償をするという被爆者援護法の理念を、被爆地の思いとして強く訴えてほしい。国とともに上告断念の決断を」と願った。

 原告団と弁護団も16日、厚労省に上告断念などを訴える。(松本輝)

(2021年7月16日朝刊掲載)

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