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[インサイド] 広島県 要望全て実現を評価 市長「黒い雨」救済優先

バッハ会長広島訪問 知事と副市長が出迎え

 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長による広島市訪問を、広島県と市は、核兵器のない世界の実現に向けた強いメッセージを発信する場として要望してきた。両者は16日、歓迎姿勢を最後まで貫いたが、新型コロナウイルス禍での東京五輪開催と併せてバッハ会長の動向は批判的な世論にさらされ、訪問の意義はかすみがちだった。松井一実市長は「黒い雨」訴訟を巡る公務を優先し、訪問行事を欠席した。(岡田浩平、久保田剛、長久豪佑)

 広島県の湯崎英彦知事は平和記念公園(中区)でバッハ会長を迎えて原爆慰霊碑へ案内し、原爆資料館で対談した。見送り後には「核兵器への言及はなかったが、平和に関するコミット(約束)には当然、核兵器を使用しないのが含まれる。追悼されている人全てを思い出すべきだ、と言ったのは世界へのメッセージで意義深い」と評価した。

 県はここ2年以上、バッハ会長の広島訪問をIOCに働き掛けてきた。広島の平和の願いが、「平和の祭典」と称される五輪を通じて世界に発信されるのを期待したからだ。県が要望した慰霊碑献花、資料館見学、被爆者との対談、メッセージが全てかない、県幹部の一人は「そこまで混乱なく、いい発信をしてもらった」と受け止めた。

 ただ、新型コロナの感染拡大で増幅した東京五輪への反対世論は、県の歓迎姿勢にも批判の矛先を向けた。県内部では「せっかく来てもらうのに、時期が悪い」との嘆き節も漏れた。

 広島市は15日、松井市長がバッハ会長の訪問行事を欠席し、小池信之副市長が代行すると発表した。広島原爆投下後に降った「黒い雨」被害を巡る訴訟で、広島高裁が14日に原告全面勝訴の判決を出したのを受け、上京して田村憲久厚生労働相に上告しないよう直接要請するためだった。

 複数の関係者によると、松井市長は判決前から、田村厚労相に対して、原告が勝訴した場合は直談判する機会を探っていた。判決は実際、黒い雨の被害者をより広く被爆者と認定する内容だった。上告期限の28日までには五輪開催に伴う4連休があり、急ぐ必要があると判断したという。

 市幹部は「被爆者援護行政は大きな分岐点に来ている。長年苦しんでいる被害者がいる中、厚労相に直接会って政治的な解決を求めるべきだというのが、市長の思いだった」と強調する。松井市長がバッハ会長を出迎えなかったことを批判する声は届いていないとしている。

世界に発信を/感染拡大招く 市民に賛否

 IOCのバッハ会長が広島市中区の平和記念公園を訪れた16日、市民たちに賛否が交錯した。国際組織トップとしての発信力に期待し「被爆地で見たことを世界に広めて」との声が聞かれた一方、「新型コロナウイルス禍での訪問は感染拡大を招く」などと否定的な意見も目立った。

 柵が並べられ、立ち入りが制限された同公園。厳重な警備の中、IOC会長の被爆地訪問を一目見ようと、周辺には多くの市民たちが集まっていた。南区の会社員内田奈津子さん(43)は「バッハ会長には強い発信力がある。原爆資料館で見たことや被爆者から聞いたことを世界に広めてほしい」と期待した。

 「コロナ禍でなければ、オバマ元米大統領の時のように歓迎ムードで迎えられただろう」と話すのは東広島市の会社員山下浩さん(46)。「スピーチの『あらゆる人が広島を訪れるべきだ』という部分は実感がこもっていた。きょうの体験を五輪に生かして」と評価した。

 一方、東京では新規感染者が連日千人を超え、4度目の緊急事態宣言下にある。中区のテナントオーナー小畑篤史さん(44)は「感染拡大地域の東京から来ることに抵抗感がある。本当に平和を願っているのならいいが、パフォーマンスならやめてほしい」。同区の経営コンサルタント金原敏子さん(55)も「コロナの感染拡大は命に関わる。五輪の開催自体が疑問だ」と冷ややかだ。

 被爆者からも疑問の声が相次いだ。南区の阿部静子さん(94)は「変異株の感染が広がっている中、安心安全な五輪のために東京にとどまってやるべきことがあったはず」と話す。西区の梶本淑子さん(90)は「スピーチは五輪のアピールが多く、失望が大きい」と批判。「人の流れを止めようとしている中、あれだけ大勢の人を引き連れて広島に来られたのも理解に苦しむ」と憤った。

(2021年7月17日朝刊掲載)

「五輪通じ平和に貢献」 バッハ会長 広島で訴え コロナ禍 異例の訪問

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