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「訴訟終結へ政治判断を」 「黒い雨」 広島市・県、国へ要請

 米国による広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を巡る訴訟で、一審判決に続き原告84人全員を被爆者と認めた広島高裁判決を受け、広島市と広島県は16日、田村憲久厚生労働相に上告しないことを認めるよう申し入れた。訴訟を終結させ、判決を踏まえた被害者救済を「政治判断」するよう迫られた田村氏は、回答を保留した。(樋口浩二、桑原正敏)

 松井一実市長と田辺昌彦副知事が厚労省に田村氏を訪ね、県、市連名の要請書を提出。その後、非公開で協議した。終了後、報道陣の取材に応じた松井市長によると、二審判決と被害者の高齢化を理由に上告断念を迫ったのに対し、田村氏は「判決をよく見て法務省、県、市と協議する」と述べるにとどめたという。

 二審判決は放射能による健康被害が否定できないことを立証すれば被爆者と認定するよう求めている。松井市長によると、田村氏は原爆投下にとどまらず、他の放射能被害を巡る問題に影響するとの立場から慎重に検討する考えも示したという。福島第1原発事故を巡る内部被曝(ひばく)の評価などが念頭にあるとみられる。

 県と市は、被爆者健康手帳の交付事務を担うため被告となり、委託元の国も訴訟に参加している。実際には援護対象区域(大雨区域)の拡大を長年求めてきた。昨年7月の一審判決後も国に控訴断念を要請したが、国が援護対象区域の再検証を急ぐなどと県、市を説得。最終的に控訴した。

 松井市長は今回、「被害からもう76年たっており、上告断念と被害者救済の一線は譲れない」と昨夏より強硬な姿勢を示した。

 訴訟の原告団もこの日上京し、厚労省に上告しないよう要請した。高野正明団長(83)=広島市佐伯区=が国会内で同省の担当者に申し入れ書を渡し、「被爆者援護行政の在り方を根本的に見直して全ての被害者を救済してほしい」と訴えた。担当者は「判決内容を精査し、関係省庁や広島県、市と相談しながら対応する」と述べた。

再検証会合は続行 厚労相

 田村憲久厚生労働相は16日の記者会見で、広島への原爆投下後の「黒い雨」を巡る広島高裁判決への対応に関係なく、援護対象区域を再検証するために進めている有識者の検討会合を続ける考えを示した。「判決は判決として(降雨)範囲の検討を急ぎ、なるべく早く方向性を出したい」と述べた。

 検討会合は昨年7月の一審判決を受けて同省が設置し、被爆直後の気象を再現するコンピューターシミュレーションなどで援護対象区域の妥当性を探っている。

 田村氏は「いろんな方の意見を聴きながら検討している最中だ」と強調。黒い雨には放射性降下物が含まれていた可能性があるとして内部被曝による健康被害の影響を重視した二審判決の指摘を踏まえ、「黒い雨に打たれなくても放射性粒子を体内に取り込んだ部分も含めて分析し、対応を考えなければならない」と意義を訴えた。

 検討会合は、国が被爆者認定基準として二審で主張したものの退けられた「科学的知見」を重視するスタンスを貫いている。このため、原告団や被爆者団体からは二審判決後も検証作業を続行することに疑問の声が出ている。(樋口浩二)

(2021年7月17日朝刊掲載)

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