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「黒い雨」高裁判決も重視 独自調査 雨域提唱97歳 被害者救済へ ネット署名を

 米国による広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を巡る訴訟で、原告全84人を被爆者と認めた広島高裁判決は「増田雨域」を判断材料の一つに据えた。気象庁気象研究所の元研究室長増田善信さん(97)=東京都狛江市=が「従来の約4倍の範囲に降った」とする独自の現地調査結果だ。公表から33年。一貫して被害者救済を求める増田さんは被告の国、広島県、市に上告断念を求める世論の後押しを願い、インターネット署名の呼び掛けを始めた。

 増田雨域は1988年、増田さんが新たな降雨域として発表した。高裁は、国の援護対象区域(大雨区域)の外側で黒い雨を浴びたり見たりしたとする111人への聞き取りや1118枚の住民アンケートを組み合わせた「総合的判断」や雨の降り方を激しさごとに3分類した事実を一審判決と同様に重くみた。

 増田さんは「素晴らしい判決。科学者がやるべき仕事を司法がやった」と喜び「今こそ行政は判決を受け入れ、被爆者救済にかじを切る時だ」と訴える。

 1年前の一審判決では、県、市が求めた控訴断念を厚生労働省が援護対象区域の再検証を理由にはねのけた。「いち早く民意を届けるしかない」。上告期限が28日に迫る中、普段からツイッターなどSNSを使いこなして情報発信する増田さんが考えついた手段がインターネット署名だった。

 援護対象区域を再検証する検討会の委員の一人でもある。昨年11月の初会合以来、被害者の証言を重視して雨域を幅広く捉え直すよう再三、強調。一方で厚労省が新たな「科学的知見」を得ようと計画する被爆直後の気象再現シミュレーションに「データ不足だ」と警鐘を鳴らすなど老科学者の熱意は衰えを知らない。

 原点にあるのは黒い雨被害者との約束だ。85年夏、広島での原水爆禁止世界大会。「あなたは本当に気象の専門家か。雨域がきれいな卵形になることなどあるのか」と問われ、「頭を殴られた気がした」。自ら調査すると応じた。87年に広島市や山県、佐伯郡に入り、地区ごとの被害証言や雨の降り方を大学ノート2冊にまとめた。

 調査に協力してくれた被害者には他界した人も少なくない。「単純な線引きで雨域を過小評価した反省に立ち、老いゆく被害者を救うこと。それが今果たすべき行政の責任だ」(樋口浩二)

(2021年7月21日朝刊掲載)

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