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連載・特集

世界が報じた被爆75年 55ヵ国・地域の194紙 広島市立大国際学部・井上教授ら分析

米 正当化根強く 批判の兆しも

スペイン 際立つ記事量と反核の論調

 広島と長崎の「原爆の日」前後の時期は毎年、世界各国の新聞やテレビが関連報道に取り組む。広島の被爆者や市民が粘り強く続ける平和発信は、どのように各国に伝わり、理解されているのだろうか。広島市立大国際学部の井上泰浩教授たちは、被爆75年の節目の昨年8月1~16日に発行された55カ国・地域の194紙を入手し、分析する共同研究を実施した。その成果から、世界のヒロシマ報道のいまを探る。(金崎由美)

 原爆使用をどう評価するか―。議論が1945年以来続いている。「戦争を終結させ、さらなる戦争犠牲を食い止めた」という礼賛から、「無差別虐殺であり戦争犯罪」という非難までさまざま。各紙の報道のトーンは、その国の安全保障政策、日本との歴史的な関係、新聞の読者層といった事情が絡み合う。

 現在も核超大国の米国は、原爆使用を正当化する主張がいまだに根強い。ウォールストリート・ジャーナルは、原子物理学者のオピニオン記事「原爆は何百万人もの命を救った―日本人も含めて」を掲載。典型的な根拠なき「原爆神話」が紙面を飾った。

 広島への原爆投下の3週間前に世界初の核実験が行われたニューメキシコ州のアルバカーキ・ジャーナル社説は「広島と長崎の恐怖によって1945年以来の核の平和を維持し続けている」。原爆開発の地としての誇りがにじむ。

 しかし、米国の原爆観の「変わらなさ」だけでなく、批判的主張が増える兆しもある。コロンバス・ディスパッチのオピニオン記事「真珠湾攻撃は軍事目標だった。日本の都市は民間人が標的だった」は、国際人道法の理念と重なる。

 またワシントン・ポストは、「原爆神話」を「でっち上げ」「ソ連の対日参戦が、本土侵攻前に恐らく戦争を終結させた」とするオピニオン記事を掲載した。それは同時に、日本軍と政府が原爆による市民の大量死を重く見ていなかった、という指摘でもある。

「絶対悪」を想起

 一方、原爆使用を非難する際に、中南米とスペイン、スイスで散見されたが米国では一切使われなかった言葉がある。ナチスのユダヤ人虐殺になぞらえた「ホロコースト」である。

 残虐行為ゆえの「絶対悪」を想起させる表現。中南米は、「米ソ核戦争の一歩手前」だった1962年のキューバ危機を経て、世界で最初に非核兵器地帯条約を締結した地域。今年1月に発効した核兵器禁止条約の加盟国も多い。

 報道量の多さと、原爆投下を指弾する論調で際立ったのがスペインだ。同国では55年前、水爆4発を搭載した米軍機が墜落し、起爆こそ免れたがプルトニウム汚染に見舞われている。欧米の核同盟である北大西洋条約機構(NATO)加盟国としての政府の姿勢と、国民の反核感情は必ずしも一致しないようだ。

 対照的なのが北欧だろう。ノルウェーはノーベル平和賞の授賞式が行われる国だが、そのイメージとは裏腹に、核抑止力の必要性を結論づける論説記事が少なくなかった。フィンランドなどは核大国ロシアとの地理的な近さもあり、冷戦期から続く警戒心が反映されているのかもしれない。

量少ないアジア

 論調だけでなく、記事の本数や行数といった「量」も分析の目安になる。中国と韓国を含め、アジアの国々は総じて少ない。日本の戦争行為に対する複雑な感情が読み取れる。

 井上教授は、被爆60年の2005年に米国などの新聞報道を分析して以来、世界の傾向に注目してきた。「被爆地からの発信や国際世論の動向は、原爆使用への礼賛が根強い米国にも確かに影響を与えている」とみる。

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体験証言 数多く掲載 コロナ禍の取材に苦心の跡

 被爆者の過酷な体験を伝える記事も多数掲載された。各国に住む被爆者に加えて、広島に住む在日韓国人李鐘根(イ・ジョングン)さんや、被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」の保存運動に取り組む中西巌さんたちが記事の中で取り上げられた。

 そんな中、特に目立ったのは小倉桂子さん(広島市中区)、サーロー節子さん(カナダ・トロント)と近藤紘子さん(兵庫県)だった。8月7日付米ニューヨーク・タイムズに、サーローさんの特集記事が大きく載った。カナダのグローブアンドメールは、サーローさん自身が寄稿した記事を採用した。

 フランスのルモンド、スペインのエルムンドなど各紙に最も多く登場したのが小倉さん。「生きているうちに核兵器が廃絶される日を見たい」という訴えが紙面を飾った。近藤さんは、米ジャーナリストのジョン・ハーシーが1946年夏に米誌に掲載し、大反響を呼んだルポ「ヒロシマ」で取り上げた谷本清牧師の長女である。

 3人の共通点は、英語が堪能であること。井上教授は「語学力はもちろんだが、聞く者の心を揺さぶる使命感が語りににじむのだろう」と話す。

 同時に「今年は現場取材を伴わない記事が比較的多い印象も受けた」。新型コロナウイルス禍で広島入りできず、多様な被爆者の声を聞き歩く取材が困難だった事情があるとみる。南米コロンビアのエルエスペクタドールは、元原爆資料館長の故川本義隆さんを生前取材した記者が回想をつづる。小倉さんの紹介記事の多くは、オンラインでの証言や記者会見に基づき書かれている。各紙それぞれに、苦心の跡がみえる。

各紙で紹介された社説や評論 寄稿記事

「原爆が戦争終結を早めた」を巡る賛否

・原爆は何百万人もの命を救った―日本人も含めて(ウォールストリート・ジャーナル 米)
・トルーマン大統領による原爆使用が日本を降伏に追いやったことで何十万もの連合軍兵士…そして何百万人もの日本人を救った(アルバカーキ・ジャーナル 米)
・(百万人近い米国人兵士、恐らく千万人もの日本人の命が救われた、という言説について)計算は可能でなく、虚偽と思われる。むしろ原爆の心理的な衝撃を最大化しようとしていたことを示す米国の文書史料が数多くある(フォーリャ・ジサンパウロ ブラジル)

市民を標的にした無差別虐殺であり戦争犯罪

・ある意味広島とアウシュビッツは切り離せない。目的のための合理性、技術の進化、そして、人間性を引き裂きすべての人を単なる物に変えること、が合わさっている(ラナシオン アルゼンチン)
・アウシュビッツに道義的な正当性はない。広島に対しても同じだ…民間人を標的にすることは、いかなる(条約)条文の解釈からも戦争犯罪…こうした視点で原爆による破壊を語ることは、米国では嫌がられる(ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング スイス)
・「(広島と長崎への原爆投下は)怪物的な人道に対する犯罪」(ヒンデュー インド)

ソ連参戦が日本降伏の決定打 原爆は不要だった

・一般に信じられていることと異なり、広島に原爆を投下したが驚くべきことに日本政府は事の重大さを全く認識していなかった…ソ連が(中国東北部の旧)満州に侵攻した途端、日本政府は深刻になり即座に動いた(ララソン スペイン)
・米海軍博物館の展示には「ソ連の満州侵攻」が日本政府を転換させたと記されている。日本はすでに打ちのめされており、野蛮な兵器の使用は実質的に役に立たなかった(ガーディアン 英)

被爆体験は人類の教訓

・20世紀の最も悲痛なエピソードの筆頭であり、その教訓は今なお重要でありながら、学ばれていない(エルムンド スペイン)
・悲劇の記憶のよりどころになるのは、常に生存者の証言の力である(ルモンド フランス)
・広島の地が焼け焦げ廃虚となった胸の痛むイメージは、核兵器が何を引き起こすのか、そして、核兵器には何ができないかを真剣に考え直す動機にしなければならない(ニューヨーク・タイムズ 米)
・いまこそ計り知れない人間への影響を持つ破壊兵器について振り返り、認識しよう(バンコクポスト タイ)

現在の核抑止政策を巡る賛否

・広島と長崎の恐怖によって、1945年以来の核の平和を維持し続けている(アルバカーキ・ジャーナル 米)
・原爆が投下されてから75年。その間、大国間では平和が維持されている…広島と長崎で起きた残虐行為が、大国間の戦争を不可能にしたのだ(アフトゥンポストゥン ノルウェー)
・広島と長崎の75周年は核兵器を禁止する必要を思い起こさせる(ボルティモア・サン 米)

 55カ国の主要194紙の2020年8月1日から終戦の日の翌日の16日付までが対象。実紙面と電子版、記事データベースを参照した。公益財団法人ヒロシマ平和創造基金の「ヒロシマピースグラント」などの助成を得て資料を収集。今月20日に「世界は広島をどう理解しているか 原爆七五年の五五か国・地域の報道」(中央公論新社)を刊行した。

(2021年7月22日朝刊掲載)

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