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社説・コラム

[被爆75年 世界の報道を振り返る] 米国 原爆神話 先導紙が変化 被爆者を初めて1面掲載

■広島市立大 井上泰浩教授

 「ニューヨーク・タイムズ」と聞けば、多くの人は「世界で最も信頼される新聞」だと思い浮かべるだろう。間違いとはいえないが、この事実を聞くとどうだろう。

 「原爆は人命を救った、原爆の放射能はない」―。米国の「原爆神話」の起源となり、拡散させ根づかせたのは、タイムズ紙が先導したことだ。長い間、同紙の報道姿勢は変わらなかった。原爆60年だった2005年には「(原爆は)どうでもいいことなのだ」と言い放った論評を掲載している。

 しかし昨年、タイムズ紙は変化していた。

 20年8月7日の1面に、カナダ在住の被爆者サーロー節子さんの家族写真と記事を掲載した。そして全面見開きでサーローさんの平和活動と原爆写真を特集した。B29爆撃機からの「上から目線」のきのこ雲ではなく、地上から撮影された悪魔のような原爆の黒雲の写真だ。

 この特集は、顔にひどいけがをした被爆幼児の写真も掲載した。私は75年間の同紙の原爆報道を検証しているが、写真を付けて被爆者を1面に出したことも、幼児の悲惨な写真を掲載したことも、調べた限りなかった。

 ロサンゼルス・タイムズはさらに厳しい。2人の歴史学者による論評(5日)のタイトルを紹介するだけでも、その内容がわかるだろう。

 「われわれ(米国人)は核時代を始める必要はなかった。戦争に勝利するため日本に原爆を使用する必要のないことは米国の指導者は知っていた。結局、使ってしまった」

 ワシントン・ポストは、米メディアが忌避する自国民(日系米国人)の被爆者を特集し(7日)、さらに「民間人を大量殺りくし放射能を浴びせたことが『正しいのか?』」と原爆を真っ向から非難する論評を掲載した(9日)。

 しかし原爆を批判的に評価する報道は、この国の原爆報道の一面にすぎない。ポスト紙は「トルーマン(原爆当時の米大統領)の決定は道徳的であり暴力を節減することになった成功した賭けである」という著名なコラムニストによる論評(6日)も同時に掲載している。

 米国の原爆報道は変わったのか。そうとも言える。だが、こうした称賛報道は今も続いていることを次回取り上げたい。

    ◇

 被爆75年の昨年8月、各国で何が報じられたのか。新著「世界は広島をどう理解しているか 原爆七五年の五五カ国・地域の報道」(中央公論新社)を執筆した広島市立大国際学部の共同研究者たちが寄稿する。

(2021年7月26日朝刊掲載)

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