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「黒い雨」上告断念【解説】国は救済策の具体化を

 広島高裁が原告全84人に被爆者健康手帳の交付を命じた「黒い雨」訴訟で、政府の上告断念は、一日でも早い救済策の実現を願う高齢の原告たちの思いに応えた政治判断と言える。菅義偉首相が言及した被爆者援護法は、放射線による健康被害を国の責任で救済するように定める。政府には法の理念に立ち返り、国の援護対象の枠外に置かれてきた黒い雨の被害者を被爆者と同等に救済する施策の具体化が早急に求められる。

 国は1976年、被爆直後からの気象台の調査を基に、爆心地から長さ19キロ、幅11キロの楕円(だえん)形の「大雨地域」を援護区域に設定。その外で雨を浴びた被害者は置き去りにされた。区域の拡大を長年求めてきた住民たちの一部が最後の手段として選んだのが、提訴だった。国から手帳交付事務を受託している広島市と広島県は訴訟で被告となりながら、国に区域拡大を求めてきた。

 一方、国は昨年7月に一審の広島地裁が原告全員への手帳交付を命じる判決を出した後も「原告を被爆者と認めるには科学的根拠が必要」と背を向け続けた。同11月に援護対象区域を再検証する有識者会議を始めたが、科学的知見を重視する国の方針を基調にした議論が中心となり、拡大につながるかは不透明だった。

 今回、国は科学的根拠の有無を問わずに上告断念と手帳交付を決めた。まさに政治判断だ。原爆放射線が健康に及ぼす影響は今なお科学的に未解明な点が残る中、戦争をした国が「疑わしきは救済する」ことは原爆被害者に対する政府の責任であり、評価できる。

 黒い雨の援護対象区域の「線引き」のため置き去りにされてきた人たちは原告のほかにも数知れない。さらに、高裁判決は黒い雨を直接浴びずとも、放射性微粒子を吸引するなどの内部被曝(ひばく)による健康被害の可能性があれば、被爆者に当たるとした。上告断念を一過性の「英断」に終わらせず、原爆被害の「援護の空白」そのものを埋める制度設計につなげることが急務だ。(水川恭輔)

(2021年7月27日朝刊掲載)

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