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黒い雨訴訟 上告断念 全原告に被爆者手帳 首相「高齢化 広く救済」

 米国による広島への原爆投下後に降った放射性物質を含む「黒い雨」を巡る訴訟で、菅義偉首相は26日、一審に続いて原告84人全員を被爆者と認めた広島高裁判決を受け入れ、上告を断念することを決めた。原告には被爆者健康手帳が交付される。首相は今回の原告に限らず、黒い雨の被害を訴える人たちを広く救済する方向で検討を始める考えも示した。(下久保聖司、境信重)

 上告期限が28日に迫る中、被告の広島県と広島市が見送る方針を決めたことで、訴訟参加の立場だった国の動向が注目されていた。内部被曝(ひばく)で健康被害が生じる可能性があれば広く被爆者認定するべきだとした判決が確定する。

 首相は官邸で報道陣に「高裁判決を熟慮した結果、被爆者援護法の理念に立ち返り、原告を救済するべきだと考え、上告しないことにした」と表明。法務、厚生労働両省に必要な指示を出したと明らかにし「同じような事情の人々も救済するべきで、これから検討したい」と述べた。

 政治決断に至った理由の一つに被害者の高齢化を挙げた。一方で、広島高裁判決には「政府として受け入れがたい部分もある」と説明。内部被曝による健康被害を広く捉えた部分とみられる。同判決に対する首相談話を27日の持ち回り閣議で決定する見通しだ。

 首相は続いて官邸で広島県の湯崎英彦知事、広島市の松井一実市長と面会し、「熟慮に熟慮を重ねた」と述べた。面会後、湯崎知事は「黒い雨を浴びた人々のつらさや苦しさを理解してもらった。感謝したい」と述べ、松井市長も「行政の判断や手続きの問題を首相の政治決断で乗り越えた」と喜んだ。

 広島県、市は昨年7月の一審判決時も被害者の早期救済の観点から控訴を望まなかったが、国が援護対象区域(大雨地域)を再検証する有識者検討会合を設けることを条件に、控訴を受け入れた。

 被爆者援護法は、爆心地周辺にいた人たちのほか、援護対象区域で黒い雨を浴びて放射線に起因する病気を発症した人を被爆者と認定している。

 今月14日の広島高裁判決は、黒い雨の範囲が援護対象区域より広かったと判断。空気中の放射性微粒子を吸い込むことなどによる内部被曝で健康被害が出る可能性も指摘し、特定の病気の発症にかかわらず被爆者として認定するべきだとの判断を示していた。

黒い雨
 原爆投下直後に降った放射性物質や火災によるすすを含む雨。国は1945年の広島管区気象台の調査を基に、長さ約29キロ、幅約15キロの卵形のエリアに降ったと判断し76年、爆心地から広島市北西部にかけての長さ約19キロ、幅約11キロを援護対象区域に指定した。国は区域で黒い雨を浴びた住民に無料で健康診断を実施。がんや白内障など国が定める11疾病と診断されれば被爆者健康手帳が交付され、医療費が原則無料になるなどの援護策を受けられる。

 一方、区域外で黒い雨を浴び、手帳の交付申請を却下された広島市や広島県安芸太田町の男女が市と県に却下処分の取り消しを求め、2015年11月~18年9月に順次、広島地裁に提訴した。市、県に手帳の審査、交付事務を委託している国も被告として訴訟に加わる。

(2021年7月27日朝刊掲載)

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