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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 詩が持つ力 核や社会を問う言葉 魂に響く 詩人・コールサック社代表 鈴木比佐雄さん

 峠三吉や原民喜、栗原貞子らは原爆の阿鼻(あび)叫喚、憤怒、悲しみを詩で告発した。そのまなざしと言葉は時を超え、あの日の出来事や被爆者の姿を伝えている。戦争や公害、原発事故などを告発する詩は、今も世界中で書かれている。社会的な問題に対し、詩にできることは何か。詩集を数多く出版するコールサック社(東京都)の代表で詩人の鈴木比佐雄さん(67)に「詩の力」について聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)

―「原爆詩一八一人集」などを刊行し、原爆の告発を続けていますね。
 二度と原爆が投下されてはならない―という叫びをつづった詩の流れが脈々とあります。被爆していない浜田知章や長谷川龍生らも原爆詩を1950年代初めに書きました。原爆投下を日本人全体、人類の問題であると受けとめ、原爆の非人道性を訴えています。被害者としての意識だけでなく人類史的な視点で原爆詩は書かれてきたのです。

―鈴木さんも被爆地と直接の縁はないと聞きました。
 でも子どもの頃、遺族の痛みに接しました。小学校の担任が兄を長崎原爆で亡くした人でした。永井隆博士の下で学んでいた兄への思いを聞きました。
 高校生の頃には原発への疑問も抱きました。母の実家がある福島県いわき市で、原発ができることを不安がる住民の声を耳にしたのです。原爆や原発、公害問題などに関心を深め、新聞記事を切り抜いたり、本を読んだり。やがて詩のようなものも書き始めました。

―社会的な問題意識から詩を作るようになったのですね。
 原爆投下の人道的責任を追及した浜田の詩や主張に触れて、思いを強くしました。被爆者でない詩人こそ、核廃絶のために原爆詩を書くべきだと広く呼び掛けた人です。

―原爆詩の提唱ですか。
 20世紀における最大の歴史的な事件は何か。原爆投下です。落とされた当事者の日本人が、叙事詩として原爆詩を書いて訴えるのは当たり前でしょう。今後も書き継いでいくことは歴史的な使命だと思います。

―詩というと、日本では叙情詩が思い浮かべられがちです。
 詩には叙情詩もありますが、歴史や思想を人や社会に伝えるという役割も持っています。
 ところが今は、比喩や暗喩を凝らし過ぎ、何を言っているのか分からない詩が多い。他者へ伝えるのでなく自己満足のために書く詩人が、読者の詩離れを進めました。社会的なテーマを扱った詩を「芸術的でない」と否定する人もおり、日本の詩を狭く、浅くしています。ノーベル文学賞に輝いた海外の詩人たちは、社会的テーマを含む根源的な作品も評価されています。

―叙情だけでなく、叙事詩という面も大事にすべきだ、と。
 何千年も前から人間は、神話や民族の歴史を展開させる叙事詩の伝統を育んできました。過去の出来事から人間の本質を見て取って言葉で突く。私たち自身に問い掛け、社会を変えていく。それこそ詩の力です。

―叙事詩を書いている日本の詩人は。
 4月に亡くなった若松丈太郎さんが代表的な人です。福島県南相馬市に住んでいた若松さんには、チェルノブイリを訪れて書いた詩「神隠しされた街」があります。原発事故が起きて人が消えた街の光景に、やはり原発のある地元を重ねた詩は、人類への警告です。その後、福島第1原発事故が起きると「予言詩だ」と注目されました。
 詩は他者のために書くもの―との信念を、原爆詩を提唱した浜田知章と同じく持っていて、広い視野からこの国の歴史を問い、文明の危機を記しました。

―残念ながら今、詩は広く読まれているとは言えません。
 いつの時代も詩はそれほど読まれていませんよ。詩を必要とするのは大抵、不幸な人です。苦悩から立ち上がろうと魂のよりどころを求めて読むのです。
 格差拡大やコロナ禍などで現代は生きづらさを感じる人が多い。詩が必要な時代です。人間や歴史の真実を語り、魂に響いて生きる力となる詩を届けていくつもりです。

すずき・ひさお
 54年東京都生まれ。法政大文学部哲学科卒。87年、詩誌「コールサック」(石炭袋)創刊。06年出版社を設立。東日本大震災以降、若松丈太郎さんの詩集をはじめ東北や沖縄の詩人、評論家の書籍を多数刊行する。空襲や環境などをテーマにアンソロジーも。日本ペンクラブ会員。3月刊の詩集「千年後のあなたへ」など自著も多い。

■取材を終えて

 夏、広島の街を歩くと、峠三吉や原民喜の詩が脳裏に浮かんでくることがある。いつの間にか心に深く刻まれているのだろう。人に原爆の記憶を思い起こさせ、平和へと向かわせる力を詩は確かに持っている。

(2021年7月28日朝刊掲載)

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