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社説・コラム

『記者縦横』 絵本に遺志 受け止めて

■ヒロシマ平和メディアセンター 湯浅梨奈

 16日の昼下がり、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が原爆慰霊碑前で黙とうする姿を、平和記念公園内で遠くから見守った。被爆者や市民の核兵器廃絶への願いをきちんと受け止めているか―。

 そう思いながら次に向かったのは「ひろしまと世界を結ぶこども文庫」の活動場所だ。代表の柴田幸子さん(89)たちが、バッハ会長に絵本「絵で読む 広島の原爆」(文・那須正幹、絵・西村繁男、福音館書店)を送る準備をしていた。

 「正直、コロナ禍での広島訪問には反対です」と柴田さん。「でも、来たからには核兵器廃絶に尽力してもらわなければ」。宛先は、日本オリンピック委員会(JOC)気付とした。

 「核兵器の仕組みなども丁寧に説明しており、幅広い世代が読める絵本」にほれ込み、各国の首脳や閣僚たちに約2千冊を贈ってきた。活動は、作者の那須さんからも支持された。緊張高まる核保有国のインドとパキスタンに、那須さん自身から提供してもらった絵本を届けたこともある。

 トランプ前米大統領の長女イバンカさんに宛てたら「受け取り拒絶」で返送されるなど、肩を落とすこともある。でも柴田さんたちは諦めない。各国の政策決定に関わる人に、心と知識の両方で原爆のむごさを理解してもらいたいからだ。

 バッハ会長への発送完了とほぼ同時に、那須さんの訃報が届いた。絵本に込められた遺志を会長とJOCが誠実に受け止め、「行動」につなげるのを見たい。

(2021年7月30日朝刊掲載)

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