×

社説・コラム

天風録 『益川敏英さん』

 「のしつけて返してやらぁ」。電話の相手の偉そうな態度に、益川敏英さんは腹の中で憤った。受話器の向こうはノーベル財団。「物理学賞に決まった」という言い方にカチンときた。まず「受けていただけますか」と聞くものだろう、と▲権威にもひるまない人物像をよく表したエピソードである。受賞会見では「大してうれしくない」と言い、舌を出して笑った。堅苦しさがないばかりか、おちゃめな性格でも親しまれた世界的な科学者の訃報が届いた▲数字の36が好きで入浴は夜9時36分という謎のこだわりも。その風呂で考えるうち思いついた。物質を構成する素粒子クォークは少なくとも6種類―。理論を発表後、クォークは6種全て見つかった。一般人には理解しがたい天才のひらめき▲だが戦争反対の姿勢は、誰もが共感するはずだ。5歳の時、自宅に焼夷(しょうい)弾が落下。不発弾だったが火の海の名古屋を逃げ惑った。ノーベル賞の記念講演でもその体験を語り、科学研究の軍事利用に警鐘を鳴らし続けた▲護憲や平和運動にも積極的に取り組んだ。科学者ではなく、人間としての目線で動く―という信念から。私たちにも分かる大事な「理論」を受け継ぎたい。

(2021年7月31日朝刊掲載)

年別アーカイブ