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社説・コラム

『この人』 原爆資料館学芸員の傍らで被爆者の詩の朗読を続ける 土肥幸美(どひ・ゆきみ)さん

 「詩は、被爆者の心情により深く迫る。過去に書き残された声を今に届けたい」と語る。広島市を拠点とする劇団「演劇集団ふらっと」の副代表。毎年8月6日の原爆の日を前に、被爆者の詩の朗読会を開いていたが、新型コロナウイルス禍の今年は昨年に続いて開催を断念。動画投稿サイト「ユーチューブ」で朗読の動画を公開した。

 動画は、平和記念公園にある原爆供養塔や原爆の子の像を巡りながら撮影した。メンバー4人が、原爆ドーム前で原爆の実物大の写真を広げて大きさを解説。今は同公園になった旧中島地区を撮影した戦前のモノクロ動画では、人が行き交う街のにぎわいを紹介する。被爆者の詩4編を読み上げ、わが子を失った母親の悲しみや差別に苦しむ男児の心の痛みを伝える。

 広島市中区生まれで、祖父母4人のうち3人は入市被爆者。母方の祖母は父と兄、妹を亡くし、妹の遺骨は見つかっていない。祖母はおいしい物を食べると「妹は何も楽しいことを知らずに死んでしまった」とこぼした。自然と「平和のために働きたい」との思いが芽生えた。

 広島大大学院で被爆体験をどう継承するかを研究。その手段の一つとして「劇」を取り上げたことが、演劇の世界に入るきっかけになった。

 2011年に原爆資料館の学芸員に。各地の原爆展で、松山市からきのこ雲を見た絵や、新潟市が原爆の投下目標だった史実を伝えるなど場所ごとに展示を工夫した。「自分と重ねて考えてほしい」との思いからだ。

 学芸員として多くの被爆証言や遺品に接し、演劇人として被爆体験の詩に向き合う。表現方法は違うが被爆者の思いを届ける点は通じる。「一人一人の思いに迫り、確かに生きた証しを伝えたい」(余村泰樹)

(2021年8月7日朝刊掲載)

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