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社説・コラム

社説 8・6と首相 核廃絶へ 覚悟あるのか

 菅義偉首相は、核廃絶を求める被爆地からの切実な訴えをどれほど理解しているのか。

 広島はきのう原爆投下から76年を迎えた。平和記念式典は新型コロナウイルスの感染防止対策のため、昨年と同様に参列者を大幅に減らすなど、規模の縮小を強いられた。

 核兵器禁止条約が今年1月に発効して初めて迎えた「原爆の日」である。あらゆる核兵器の開発や保有、使用を許さず、威嚇することも禁じる。

 広島市の松井一実市長は平和宣言で、一刻も早く締約国となるよう核禁条約への批准をあらためて政府に訴え、来年1月にも開かれる第1回締約国会議への参加も求めた。

 「唯一の戦争被爆国」である日本政府が条約への支持を表明すれば、停滞する核廃絶の流れを一変させるかもしれない。核に頼らない安全保障の将来像を新たに模索していくきっかけにもなろう。

 だが首相は就任以来初めて臨んだ式典のあいさつで、核禁条約に全く言及しなかった。核拡散防止条約(NPT)体制を強化するのが現実的だと訴えた上、用意した原稿を読み飛ばし意味が通じない部分もあった。

 広島市内でその後面会した被爆者7団体の代表者らからも「一同の切なる願い」として統一要望書で条約への批准を求められたが、首相は「立場の違う国々の橋渡しに努めたい」と述べるなど、従来通りの主張を繰り返すだけだった。

 その後の記者会見でも、米国を含む核保有国などから支持を得られていないとして、核禁条約に「署名・批准をする考えはない」と明言した。締約会議へのオブザーバー参加にすら難色を示す姿勢からは、核廃絶への決意や覚悟は感じられなかった。多くの被爆者を落胆させたはずだ。

 前文で「ヒバクシャ」の言葉を刻む核禁条約は、被爆者らの長年の訴えが結実したものであり、希望の光でもある。「核の傘」を理由に、新たな国際規範に背を向け続ける政府の姿勢は、被爆国としての責務を果たしているとは言えない。

 核禁条約の批准国からは「唯一の戦争被爆国として歴史的な役割を果たしてほしい」と、締約国会議への参加を日本政府に求める声は強い。オブザーバーでの参加に、どんな不都合があるというのか。

 首相が真に核保有国と非核保有国の「橋渡し役」を果たすつもりならば、オブザーバーの形でも参加を決断すべきだ。会議の場で、日本の立場を丁寧に説明し、積極的に議論に加わることが「橋渡し」へ向けた一歩となる。

 平均年齢が84歳に迫る被爆者の救済拡充も急がなければならない。原爆投下後に降った「黒い雨」の訴訟で、一審に続いて原告全員を被爆者と認めた広島高裁判決について政府は上告を断念した。

 首相もきのうの式典で「熟慮に熟慮を重ねた」と政治決断を強調したものの、内部被曝(ひばく)の健康影響について過小評価する姿勢を崩していない。「原告と同じような事情にあった方々にも早急に検討を進める」と述べたが、時期は示さなかった。被爆者に残された時間は長くない。一人も取り残さない救済に一刻も早く乗り出すべきだ。

(2021年8月7日朝刊掲載)

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