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社説・コラム

識者評論 「黒い雨」被爆者認定 京都大准教授 直野章子

戦争責任 国は目をそらすな

 原告全員を被爆者と認めた「黒い雨」訴訟の広島高裁判決(7月14日)は、被爆者援護の精神に立ち返った判断であり、高く評価したい。

 訴訟は被爆者の認定要件を巡って争われた。原告らは、放射能を帯びた「黒い雨」にさらされた結果、健康被害に苦しんでいるのだから、被爆者と認めてほしいと訴えた。原告らが黒い雨に遭ったのは国が指定した援護区域の外だが、雨に含まれていた放射性微粒子を吸引するなどして内部被ばくし、原爆の放射線に影響を受けるような状況下にあったと主張した。

 それに対して被告の広島県・市と訴訟参加の国は、原告らは健康被害を生じさせるほどの放射線量を浴びておらず、健康被害が放射線被爆によると科学的に立証できない限り被爆者の認定要件を満たさないと反論した。

 裁判所は、認定要件を誤って解釈しているとして被告の反論を退け、被爆者認定では、科学的合理性をもって放射線による健康への影響を立証する必要はなく、影響を否定できない事情の下に置かれていたことで足りるとの判断を示した。

 そもそも国の被爆者援護策は、1957年の原爆医療法から始まった。

 空襲被害者など一般戦災者との均衡を理由に、原爆被災者の援護は難しいと言われていたが、被爆から10年がたった後にも、健康に見えていた人が突然発病して死亡するケースが相次いだ。

 被爆者救援を訴える世論の高まりを受け、国が放射線の影響を受けた可能性のある人に健康管理を行うことで、その不安を取り除き、発病した際には早期に適切な治療につなげることを目的として医療法はつくられた。

 「疑わしきは救済」という立法趣旨に沿うならば、放射線の影響を否定できるケースでない限り、被爆者と認めるのが筋であるし、当時の厚生省も被爆者認定において科学的立証を求める考えはないという立場だった。

 今回の高裁判決に対して、国は上告を見送って原告全員を被爆者と認めた。そして、同じような条件下にある生存者を被爆者として認める方向で検討するという。

 しかし、高裁判決のうち、内部被ばくの健康影響を広く認めるべきだとした点は、政府として容認できないとくぎを刺している。長崎も含めて、被爆者援護の対象が広がることを懸念しているからだろう。さらに内部被ばくによる被害を認めると、東京電力福島第1原発事故の被害認定に波及することを恐れているということもあるだろう。

 国の上告断念は喜ばしい。ただ菅義偉首相は被爆者の高齢化に言及し、あたかも人道的配慮をしたかのような発言をしたが、原爆被害は戦争という国の行為によってもたらされたことを忘れてはいないか。

 原爆の放射線被害の特殊性を強調することで、国は被爆者援護制度が他の民間人戦争被害者へ広がらないよう歯止めをかけてきた。だからこそ、援護の対象は、放射線による健康被害に限定され、しかも、医療法制定以前に亡くなった人は除外されているのだ。

 軍人・軍属とその遺族には、60兆円以上の国家予算をつぎ込んできたのと対照的だ。原爆被害が戦争によってもたらされたことから目をそらさず、受忍させられてきた被害者に対して、戦争を遂行した主体として国が果たすべき責任と向き合いながら、今後の検討を進めるよう求めたい。

なおの・あきこ
 72年生まれ、兵庫県出身。社会学者。米カリフォルニア大で博士号。広島市立大広島平和研究所などを経て20年から現職。著書に「原爆体験と戦後日本」など。

(2021年8月8日朝刊掲載)

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