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社説・コラム

『潮流』 翼の記憶

■岩国総局長 片山学

 全長34メートル、全幅33メートル。船形の胴体が特徴の海上自衛隊の対潜哨戒飛行艇PS1は、山口県周防大島町の公園の隅に展示されている。波高3メートルの荒海に離着水できる国産機だ。老朽化のため今秋に解体、撤去されるが、海に機首を向けた姿は、現役で任務を続けているように見える。

 尾翼に刻んだナンバー「5818」は、23機生産されたうちの18番目を示す。1977年3月から87年3月まで、岩国基地に配備された。飛行時間は5400時間。モスクワ五輪のボイコットなど米ソ冷戦の緊迫した時代に、日本海などの洋上に着水し、ソナーで潜水艦を探査するのが任務だった。

 40トンを超える重量ながら水面へ舞い降りる姿を、翼を広げた白鳥になぞらえる航空ファンも多かった。だが、滑走路のように誘導装置がない大海原への着水は高い練度が要求されたという。機長として搭乗した岩国市の児玉広志さん(73)は「操縦がとても困難。波頭を見て、風を読み、どこに着水するか慎重に考えた」と振り返る。

 23機のうち墜落などで6機を失い、30人以上が殉職。岩国基地でも83年4月26日、墜落炎上し11人が亡くなった。今年の慰霊の日、基地近くで手を合わせる元搭乗員の姿があった。

 安全性など改良を重ねた後継機が、東日本大震災の被災地に投入された救難飛行艇US2だと知って驚いた。人命救助に任務を一変させ、海難事故への対応や離島の急患搬送など多くの救難実績を重ねる。

 US2の拠点がある岩国市は、飛行艇がメイン展示の博物館を整備するよう国に求めている。今月末には、中学生を対象にした初めての「こども飛行艇教室」を開き実機の見学も予定する。犠牲を乗り越え、教訓を残して姿を消すPS1。翼の記憶を継承する場になればと思う。

(2021年8月10日朝刊掲載)

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