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社説・コラム

社説 長崎原爆の日 「非核の傘」を広げねば

 「長崎を最後の被爆地に」。その願いを現実のものにできるかどうかは、当事者である私たち一人一人にかかっている。

 地球上のすべての人に向けた、そんなメッセージだと受け止めた。きのう長崎市で営まれた平和祈念式典で田上富久市長が読み上げた平和宣言である。

 ことし1月に発効した核兵器禁止条約を挙げ、「世界の共通ルールに育て、核兵器のない世界を実現していくためのプロセスがこれから始まる」と強調。日本政府に一日も早い署名・批准と、第1回締約国会議へのオブザーバー参加を求めた。

 同時に、「地球に住むすべての皆さん」と呼び掛け、世界を変えようと訴えた。被爆地の決意と気概が伝わってきた。

 冒頭で、田上市長はことし亡くなった被爆者の手記を引き、「核兵器の無い平和を確認してから、死にたい」との言葉を代弁した。核による惨禍を身をもって体験した人たちの願いが結実したのが禁止条約だからだ。

 前文に、核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)と核実験による被害者の受け入れ難い苦痛を心に留める―と記された条約は、人類史上初めて核兵器を全面的に違法と断じた国際規範である。私たちは今まさに「核兵器をめぐる新しい地平」に立っていると言えよう。

 条約発効で核兵器なき世界への期待は高まる一方、核保有国は条約に反発し、コロナ禍で核軍縮の議論は停滞している。米ニューヨークで昨春開かれるはずだった核拡散防止条約(NPT)再検討会議は延期が続く。核軍縮の義務を負っている核保有国は、核兵器の小型化などを競う。3月には英国が核弾頭保有数の上限引き上げを表明するなど核への依存を強めている。

 こうした現状への懸念があったに違いない。田上市長は、指導者らの核軍縮への意志と信頼醸成、それを後押しする市民社会の声が必要だと訴えた。

 日本政府に条約への署名・批准を求めたのは、被爆地として当然と言える。広島市の松井一実市長も平和宣言で、一刻も早く条約締約国になるよう求め、締約国会議に参加して「核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たして」と訴えた。被爆地に共通する思いを「唯一の戦争被爆国」を掲げる政府はしかと受け止める必要がある。

 しかし対する菅義偉首相のあいさつはそっけなかった。広島の式典でのあいさつとそう変わらぬ内容で「核兵器のない世界」への決意を口にしながら、禁止条約には触れなかった。本気で核兵器廃絶に向き合おうとの姿勢はうかがえない。

 せめて、田上市長が宣言で求めた、北東アジア非核兵器地帯構想の検討には、応えるべきではないか。核の恐怖に核で対峙(たいじ)する「核の傘」ではなく、「非核の傘」を日本から広げ、保有国が核を手放せる状況をつくることこそ被爆国の役割だろう。

 平和宣言は、3月に10年を迎えた福島第1原発事故の被災者へもエールを送った。核は地球規模の問題であり、誰もが当事者である。他者の痛みに寄り添う視点も忘れまいとのメッセージなのだろう。

 世界を覆う危機を乗り越えるためには私たち一人一人の努力が不可欠である。地球市民として、「非核の傘」を広げる決意を新たにせねばならない。

(2021年8月10日朝刊掲載)

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