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社説・コラム

天風録 『イスラムのおきて』

 14年前、アフガニスタンの首都カブールにある中国料理店。看板も表札もない。のぞき窓越しに「ビールを飲みたい」と告げると、厳かにドアが開いた。足を踏み入れれば、天井のミラーボールと棚の酒瓶がきらめいている―▲作家高野秀行さんによるルポ「イスラム飲酒紀行」は私たちの固定観念を見事に覆す。アルコールが原則ご法度であるはずのイスラム教徒の国々で、飲める場所を執念深く見つけては、へべれけに酔っぱらうのだから▲そのカブールを反政府武装勢力タリバンが制圧し、ほぼ20年ぶりに政権を奪い返した。欧米流の民主化を進めれば治安も安定するという国際社会の固定観念は百八十度ひっくり返された格好だ▲旧タリバン政権はイスラムの教えを極端に解釈した。女性に全身を覆う「ブルカ」を着用させ、教育を全く受けさせない。そうした人権無視の恐怖政治が再来しかねないと、首都は今、逃げ出す人たちで大混乱という▲くだんのルポの後書きで高野さんは旅先の出会いを総括する。「酒を飲む人も飲まない人も、気さくで、融通がきき、冗談が好きで、信義にあつい」。そんな市井の人々に一日も早く、安らぎの時が訪れますように。

(2021年8月17日朝刊掲載)

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