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社説・コラム

[被爆75年 世界の報道を振り返る] フランス 証言や反核運動に共感

ヒロシマを人類の教訓に

■広島市立大 大場静枝准教授

 フランスは一般に文化と芸術、観光の国という印象が強いが、実は核兵器保有国であり、原子力を積極的に推進している国の一つである。安全保障政策は核抑止の理論に基づき、政府は原爆が非人道的な大量破壊兵器であることを認識しつつも、核兵器を手放すことには反対だ。したがって、核兵器廃絶について議論することは、政府批判につながるだけでなく、世論を二分する行為となる。

 しかしながら、フランス社会には別の価値観もある。第2次世界大戦の終結以後、哲学者サルトルが提唱した「アンガジュマン(社会政治参加)」だ。核なき世界の実現に向けて行動を起こすことは、間違いなくアンガジュマンの一つである。昨年の被爆75年報道で、各紙はこぞって被爆者たちの証言や彼らの核兵器廃絶運動を取り上げ、共感を示した。

 被爆者の高齢化と記憶の風化への懸念、そして体験証言の継承に関心が寄せられたのも、特徴的だった。たとえばルモンドは、広島市が養成する「被爆体験伝承者」を丹念に取材した記事を掲載していた。このことは、仏メディアにとって広島への原爆投下は、検証され、集合的に継承されるべき「記憶」であることを示している。

 ヒロシマを集合的記憶として残そうとした初期の試みの一つが、アラン・レネ監督の映画「ヒロシマ・モナムール」だった。彼は映像にモンタージュ技法を用いた。被爆の実態が、個人の記憶のいくつもの断片により構成された一つの集合的記憶であることを表現したのだった。

 台本を担当した作家のマルグリット・デュラスは「注文通りの記録映画よりもずっと説得力をもつヒロシマの教訓となるだろう」と述べている。広島の悲惨は歴史上の事件にとどまるものではない。

 個人の被爆体験を風化させることなく、核なき世界の実現のために人類の教訓として継承することは、被爆都市とこの時代に生きるわれわれすべてに課せられたアンガジュマンである。被爆75年の報道は、核なき世界の実現には、ヒロシマの教訓がなくてはならないものである、というフランス各紙の意識を浮き彫りにした。

(2021年8月17日朝刊掲載)

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