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社説・コラム

社説 イラン新政権 核合意再建に向き合え

 イランの新たな大統領として、最高指導者ハメネイ師の後継候補と目されている聖職者で、反米保守強硬派のライシ師が就任した。「核合意」を実現したロウハニ前政権の国際協調路線から、大きな転換点を迎えたと言えよう。

 懸念されるのは、核開発の加速と中東地域における親イラン勢力の拡大である。地域情勢の不安定化を招きかねず、米国やイスラエルなどとの対立が激化する恐れもある。

 とりわけ核開発は、喫緊の課題である。米国のトランプ前大統領が一方的に離脱を表明した核合意の立て直しが急がれる。ライシ政権は、その再建に向き合わねばならない。

 核合意は、イランが核開発を制限する見返りに、米国などが経済制裁を解除するという内容である。2015年に米国やロシア、中国、英国、フランス、ドイツの6カ国が、イランと合意した。ところが18年、トランプ前米政権が離脱し、制裁を強化。反発したイランは翌年、ウラン濃縮を再開した。

 イランの核開発に懸念が高まる中、ことし誕生したバイデン米政権は前政権の対イラン政策を翻し、合意復帰に向けた対話を呼び掛けた。しかし、両者の隔たりは大きい。

 バイデン政権は、ウランの濃縮度や貯蓄量を直ちに制限以下にするなど、核合意の完全順守を求める。一方のライシ師は「米国の非道な制裁の解除を目指す」と主張し、即時かつ一括の制裁解除が先決とする。

 ハメネイ師や保守強硬派が全面解除にこだわっていることが背景にあるようだ。ライシ師は外交経験も乏しく、核協議ではハメネイ師の方針に追従するとみられている。

 欧州連合(EU)が米国との間接協議を仲介しているものの、先行きは見通せていない。制裁解除の交渉は、ますます難航するのではないか。

 そんな中、イランが20%濃縮の金属ウランを製造し、さらに濃縮度の高いウラン製造のための設備も増強したことが先週確認された。核兵器の材料に使われる恐れがある。

 英国、フランス、ドイツは共同声明で、イランが核開発をまた一歩進めたと批判し、合意の再建に向けた米国との間接協議の場に戻るよう促した。

 ライシ政権は、国内経済を立て直し、政情の安定化を図るためにも、核合意再建への道筋を閉ざすべきではない。合意破りを重ねるのではなく、対話を通じた合意再建を段階的に進めるしかなかろう。

 米欧や周辺諸国も、対立を先鋭化させるのではなく、粘り強く対話を促していく必要がある。とりわけ米国は、前政権が一方的に核合意を離脱したことで、イランの根深い不信を招いたことを忘れてはなるまい。隔たりを埋める糸口を探る責務があるはずだ。

 ここは、イランの友好国であり、核兵器による被爆の惨禍を知る日本の出番ではないか。中東を歴訪中の茂木敏充外相も、ライシ師との会談を調整しているという。

 日本政府は核兵器禁止条約を巡り、「核保有国と非保有国の橋渡し役」を担うと繰り返してきた。核問題を巡るイランと米欧の協議でも、その役割を果たすべきである。

(2021年8月22日朝刊掲載)

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