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「原爆・平和」出版この1年 ヒロシマ伝える強い意志 被爆の記憶 刻み続ける

 被爆から76年。この1年も「原爆・平和」に関わる出版物が数多く出た。核兵器禁止条約が発効したものの、日本政府は背を向けたまま核廃絶への道のりはいまだ遠い。高齢化する被爆者の証言集や物語が目立ち、あらためてヒロシマを伝える強い意志がにじむ=敬称略。(鈴中直美)

証言の発信

 高齢化する被爆者の証言を継承する取り組みは切実さを増している。広島市中区のNPO法人ANT―Hiroshimaは「ヒロシマ、顔 岡田恵美子」を編集、制作した。国内外で証言活動を続け、4月に84歳で亡くなった岡田恵美子さんの言葉と写真から平和への願いを伝える。

 原爆胎内被爆者全国連絡会は手記集「生まれた時から被爆者」を刊行。母親のおなかの中で原爆に遭った人たちが、家族や闘病、結婚、就職についての葛藤などをつづった42編を収録している。元毎日新聞記者で被爆者の山野上純夫の「ヒロシマを生きて」は、2017年から新聞に連載した被爆体験や原爆取材に関する記事68本をまとめた。

 渡辺考「まなざしの力」(かもがわ出版)は、テレビディレクター歴30年の著者がドキュメンタリー取材で出会った被爆者たちの「心の声」をたどった。中国新聞社などは「ヒロシマの空白 被爆75年」を発行。今なお分かっていない原爆被害の実態を追った。日本原水爆被害者団体協議会は「被爆者からあなたに」(岩波書店)を刊行した。原爆被害者相談員の会「ヒバクシャ第37号」は被爆者に寄り添う活動を振り返った。

あの日を紡ぐ

 被爆作家の作品もあらためて注目された。今年没後70年を迎えた原民喜。大高知児「紙に刻まれた<広島>」(三省堂)は民喜の「小説集 夏の花」に収録された6編を読み解く。「『原子爆弾』その前後」(本の泉社)は民喜の作品9編を被爆前、当日、その後の順に編集した。長谷川啓編「人間襤褸(らんる)/夕凪(ゆうなぎ)の街と人と」(小鳥遊書房)は大田洋子の小説やエッセー9編を収めた。

 堀川恵子「暁の宇品」(講談社)は、旧陸軍船舶司令部(暁部隊)の軍人3人が残した史料などを分析し、軍港宇品の変遷をたどった。

多彩な表現・手法

 自らの被爆体験を短歌に詠んだ作品も。「被爆して漸(ようよ)う生きた我がいて全身火傷の両親が居て」。廿日市市の田中祐子(さちこ)「命の雫(しずく)」(幻冬舎)は518首を収めた。

 広島市東区出身の大学生庭田杏珠らは「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(光文社)を刊行した。被爆前の広島の暮らしぶりを撮影したモノクロ写真などをカラー化。人々の記憶を色鮮やかに後世に伝える。

 鈴木ユリイカの詩集「サイードから風が吹いてくると」(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))は鋭い感性で原爆を題材に編む。鈴木比佐雄「千年後のあなたへ」(コールサック社)は既刊詩集から原爆や原発に関わる作品を集め、再編集した。

戦争と核を考える

 核軍縮の中心的条約である核拡散防止条約(NPT)は昨年、発効から50年を迎えた。黒澤満「核不拡散条約50年と核軍縮の進展」(信山社)は、この間に生じた10本の核軍縮関連条約と、9回開かれた再検討会議の意義を解きほぐす。

 井上泰浩編著「世界は広島をどう理解しているか」(中央公論新社)は、広島市立大国際学部の研究者たちが昨年8月発行の55カ国・地域の194紙を分析。世界のヒロシマ報道の現状を探る。レスリー・ブルーム「ヒロシマを暴いた男」(集英社)は1946年、いち早く被爆の惨禍を世界に伝えた米ジャーナリストのジョン・ハーシーのルポ「ヒロシマ」の舞台裏に迫る。

 羽原清雅「日本の戦争を報道はどう伝えたか」(書肆侃侃房)は、元新聞記者の著者が膨大な資料と自らの体験を基に戦争の愚かさをつづり、「『戦争』を考えるということは、一人ひとりが生存するうえでの『責任』なのだ―」と訴える。

(2021年8月24日朝刊掲載)

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