×

連載・特集

緑地帯 廣谷明人 奇跡の被爆バイオリン⑧

 1986年、セルゲイの長女カレリアが広島女学院に寄贈したバイオリンは、演奏できる状態ではなく、長らく女学院歴史資料館に展示されていた。2011年、女学院はバイオリン製作者石井高氏に修復を依頼。イタリアの工房で3カ月かけて修復され、その音色はよみがえった。

 このバイオリンの由来で確実なことは、セルゲイ愛用の楽器で、内部に「ユーリ・パルチコフ 1920」というプレートがあるということだった。孫のドレイゴ氏は知人の系図学者の協力で、ユーリはセルゲイの叔父の一人ではないかとの推測にたどり着いた。私の想像ではあるが、ユーリがセルゲイの結婚祝いに贈ったものなのかもしれない。

 私はくしくも「明子さんのピアノ」と「パルチコフさんのバイオリン」という二つの被爆楽器と関わるようになった。当初、両者のつながりは分からなかった。一昨年、明子さんが広島女学院付属小4年の時に書いた日記に、オーケストラでバイオリンの先生に教えてもらい、タンバリンを担当した―という記述を見つけた。昨年、ドレイゴ氏に当時の明子さんの写真を送ったところ、1枚の写真が送られてきた。セルゲイを囲む女子生徒たちの最前列右端に、タンバリンを手にした明子さんが写っていた。この時の衝撃は忘れられない。

 このピアノとバイオリンについて調べれば調べるほど、単に「被爆楽器」と呼ぶことが非礼だと感じるようになった。二つの楽器が共演するとき、私には、セルゲイと明子さんが音楽を通して、人生を語り合っているように思われる。(元英語教諭=広島市)=おわり

(2021年8月25日朝刊掲載)

年別アーカイブ