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[こちら編集局です あなたの声から] 惨禍軽視 軽妙な語り

子どもが「日本は核で仕返しを」。動画影響に衝撃

 「小学5年の長男が『日本は核兵器を開発できるし、原爆を落とされた国として仕返しする権利がある』と言い出して衝撃を受けています。親子で原爆資料館に行っているのに…」。広島市内の40代会社員男性から、こんな声が編集局に届いた。核兵器廃絶を願う被爆地で平和教育を受けているはずの子どもたちは、どんな情報に囲まれているのか、調べてみた。(湯浅梨奈)

違法「もってのほか」

造る・使う いいのか

 その子どもによると、学校で友達から教えられた動画投稿サイト「ユーチューブ」が情報源だという。

 動画は6分間で、「米国は日本を恐れている」などと若い男性ユーチューバーたちが軽妙に語る。「国際法上、日本は(原爆を落とした)米国へ核で報復することが許されている」「日本は核兵器の材料になる約46トンのプルトニウムを持っている」。漫才のような掛け合いを楽しむ人は多そうだ。再生回数は約150万回に上っていた。これだけ多く見られている被爆証言動画はあるだろうか、と複雑な気持ちになる。

 でも、巧みな語りと情報の真偽は別物だ。長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)の鈴木達治郎副センター長に見てもらった。内閣府の原子力委員会で委員長代理を務めた、原子力工学の専門家。法律と技術の両面から、核兵器の問題にとても詳しい。

 鈴木さんは「核攻撃は、市民に無差別でとてつもない被害をもたらす。国際人道法違反です。報復に使うなど、もってのほか」と顔をしかめた。今年1月には、核兵器を造ることも使うことも全面的に違法とする核兵器禁止条約が発効している。

 一方、日本は原発で使った核燃料からプルトニウムを取り出して再利用する政策を掲げており、46トン近くを「在庫」としてため込んでいること自体は本当だ。

 原発用の材料でも、核兵器は造れるのか。鈴木さんは「8キロあればできます」と断言する。技術的にも「北朝鮮にできて、日本にはできないと思いますか」。実際には、プルトニウムが悪用されないようにしっかり監視されている。万が一核兵器を造れば、核拡散防止条約(NPT)という条約に違反し、国際的に孤立してしまう。簡単には考えられないケースだ。

 ただ、大量の核物質を減らす見通しは立たないままで、国際的に批判されている。「周辺国が『ならばわが国も持ちたい』となれば核拡散を招きかねず、地域の緊張を高める」。プルトニウムが「潜在的な核抑止力」になると考えている日本の政治家もいる。警戒しなければならない。

視聴行動 難しい把握

ネットと教育

 編集局に声を寄せた男性は、長男にスマホもパソコンも持たせていない。ところが家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」で動画を見ていたと後で知った。

 広島大大学院の匹田篤准教授(メディア論)に聞くと「家族でテレビを見るのとは違い、一緒にいてもわが子が何を見ているのか把握しにくい。しかも、ネットメディアだとアクセス数を増やそうと、極端で大げさな語り方をされがちです」と指摘した。

 幼少期から動画になじみ、1人で自由に見る環境にある子どもは多いはず。効果的な解決策は―。「難しいが、家庭のコミュニケーションの減少は、ネットメディアの影響を受ける原因になりやすいと言えます」。情報が本当なのか、事実がゆがめられていないか判断する力も不可欠だ。

 広島県教委の義務教育指導課によると、全国の小中学校で情報モラル指導が行われており、インターネットや会員制交流サイト(SNS)の危険性について教えているという。でも、学校だけで実態をつぶさにつかむことは大変そうだ。「各家庭でルールを決めて、端末の機能を制限するフィルタリングを行うなど工夫してほしい」

若者に届ける工夫を

体験どう伝える

 つらい体験を語り伝える被爆者たちは、動画についてどう思うだろうか。県被団協理事長代行の箕牧智之さん(79)=北広島町=は「たくさんの子どもたちが『お国のため』などと言われた末に原爆で焼け焦げにされた。核兵器が使われたらどれだけ悲惨なことになるのか、痛みを知らないのだろう」。被爆体験が軽視されているように感じて、胸を痛める。

 鈴木さんは「戦争を画面上の敵を倒すゲーム感覚で考えていないか。戦争になれば真っ先に戦場に送られるのはあなたたち若者だよ、と伝えたい」。動画を通じた主張の根底にあるのは「日本は他国より強くて優れているんだぞ」「古き良き日本を取り戻そう」といった考え方だとみる。

 動画の「完成度」は高く、組織的に制作されたような印象も受ける。「あのような動画に負けず、若い人の心をつかむ平和発信を私たちが工夫しなければ」と鈴木さん。報道する側も一緒になって考えるべきかもしれない。

(2021年9月6日朝刊掲載)

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