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社説・コラム

天風録 『ツインタワー「不在の反映」』

 広島で暮らしたことのある東京の歌人が詠んでいた。〈平和公園はひとを思って歩くことつないだ手を離さず歩くこと〉谷村はるか。〈平和は愛の別名だから〉と彼女は別の歌で言い表す▲ニューヨークの、あのツインタワー跡地に「不在の反映」という広場がある。碑に死者の名が刻まれ、常に水が流れ落ちる。いない「ひと」を思う時、私たちは何をすべきだろう。それを考えさせるメモリアルだと解釈する。いかに復興が成っても、その意味は変わらないだろう▲20年前のきょう、タワーに2機の旅客機が突入した。大量のジェット燃料が炎上して高層ビルを崩壊させる、誰も想像せぬ大惨事だった▲時のブッシュ大統領は翌日「これは戦争だ」と叫んだ。相手は正体不明のテロ集団。にもかかわらず二つの国に攻撃を仕掛け、20年たった今も彼我に犠牲を出し続けて。大惨事の地に名を刻まれた人たちにとって、この外征は本意だったのだろうか▲平時と戦時の境目がない、十字軍を引き合いに出すようなテロ集団相手では百年戦争の様相になる―。大惨事の直後、作家柳田邦男さんは雑誌で警告し、報復主義を戒めてもいる。平和は力の別名ではないはずである。

(2021年9月11日朝刊掲載)

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