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連載・特集

緑地帯 西井麻里奈 声を読みとく①

 濃尾平野の外れ、木曽川の南にある田舎町で育った。冬には雪をかぶった御嶽山が見え、掘れば河原石の出る砂地の畑が一面に広がる。それは、帰省するたびに誰かの家へと少しずつ変わっていく。その片隅で食べる分だけの野菜を作ってきた祖母は、昨夏に腰を悪くして畑をやめた。最後のジャガイモと青物が、大阪に暮らす私の元へ段ボールいっぱいに届いた。

 育った土地を離れ、さまざまな場所を転がってきた先で、現代史・地域史を研究している。私の知る限り、広島に地縁はないのだが、戦後広島の復興をテーマに、調べて考えて書くことが今の私の日々の行いだ。

 昨秋に刊行された東琢磨ほか編「忘却の記憶 広島」(月曜社)に、論考「<そこにいてはならないもの>たちの声」を寄せた。「平和都市」や「被爆地ヒロシマ」といった、型通りの広島像を問い直すきっかけを探るうちに、私は人々が復興の中で経験した「立ち退き」を語る声から、広島を考えるようになった。論考はその試みの一部である。

 戦争や災害によって街が破壊されると、その破壊自体の影響や、あるいは続く復興事業によって、家や土地、墓や慰霊碑など、通常はあまり動かす前提のないものが動くことがある。復興の中で畑地が住宅地になったり、住宅地が公園になったりする。そうして今の広島の街はつくられたのだが、果たしてそれは人々にとって、いかなる経験だったのだろう。(にしい・まりな 現代史研究者=大阪府)

(2019年3月6日朝刊掲載)

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