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連載・特集

緑地帯 西井麻里奈 声を読みとく②

 近現代の地域史に対する私の関心は、育った時代状況が少なからず影響している。昭和の終わりの生まれ。世の中の声が聞こえ始めたのは、2000年前後だ。

 小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝が問題になり、翌月には米国の世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んでいた。アフガニスタン、イラクへの攻撃が私の記憶にある最初の「戦争」で、その状況は子どもの世界にも、先生のあだ名が「タリバン」になる、などというかたちで入ってきた。

 同じ頃、「南京の虐殺はなかった」というネット上の「新しい」知見を解説してくれる級友が身近にいた。昨今のヘイトスピーチをする人が自分だったかも、という怖さがある。歴史的事実さえ、攻撃的に「わが国の歴史」を語る声によって、あるいは軽い遊びのように、社会的に抹消されていく―。そんな危うい状況が影を落とす中で、私は歴史研究を始めた。

 地域史は、「正統なわれわれ」しかいない「わが国の歴史」なんて、つまらないと教えてくれる。地域には、そこに長く生きる人々だけでなく、ままならぬ人生の旅でたどり着き、あるいは出ていく人々も行き交う。そうした人々の軌跡を追うことで、当たり前と思っていた地域や国家の枠を思わずはみ出してしまうことこそ、地域史の面白さだ。それは、国家の歴史の縮小版でも、その地域「だけ」の歴史でもあり得ない。

 過去や他者との関係をそぎ落とし、懸命に自分像を守ろうとするような窮屈な今を、地域史は少しばかり面白く、優しくできるかもしれない。(現代史研究者=大阪府)

(2019年3月7日朝刊掲載)

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