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連載・特集

緑地帯 西井麻里奈 声を読みとく③

 私は広島の復興史を、戦災復興土地区画整理事業(以下、区画整理)で生じた立ち退きに対する、住民の異議申し立ての陳情書をひもとくことから研究している。

 「被爆、そして平和都市としての復興」という、戦後広島の分かりやすい像がある。だが、復興のためには区画整理が行われ、新しい道路や公園ができるなどで、土地の境界線が変わる。土地の持ち主や、家を建てて住んでいた人が立ち退きを余儀なくされるケースも多発した。「廃虚から復興へ」という単線的な地域像を、人の生きた場所を通じて内側から組み替えてみたくなった。

 陳情書は、個別ばらばらの利害関係の主張である。初めは何が何だか分からないまま読み続けた。だが、原爆と戦争で暮らしがずたずたにされた後の、文字通り人生の浮沈を懸けた激動を語っていることが、少しずつ見えてきた。

 一人一人の語りが、この街に生きた者のたどった経路を浮かび上がらせていく。台湾から引き揚げたら家がなかった、というケースもある。印象深いのは、ある女性による3通の陳情書だ。1通目は男性の名、2通目以降は女性の名に変わる。2通目を読むことで初めて、1通目の男性の名が女性の夫で、既に「ピカ」で亡くなっていたことを知る。

 広島平和記念都市建設法が制定された1949年になっても、彼女は子どもを抱えて郡部にいた。市内に戻るには商売向きの土地が必要だったが、換地がそれに適していなかった。大きな被害の後の小さな躓(つまず)きと生きにくさが、時に未来を左右した。(現代史研究者=大阪府)

(2019年3月8日朝刊掲載)

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