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連載・特集

緑地帯 西井麻里奈 声を読みとく⑧

 「被爆、そして平和都市としての復興と成長」という戦後広島の像は、「焦土、そして平和国家としての復興と成長」という戦後日本の像に重なる。だが、広島の街の人々は、そんな国の歴史の縮小版には沿うことのない困難も生きてきた。

 復興期の「立ち退き」にまつわる数々の陳情書は、原爆被害や戦後の社会のありように苦しめられながら、日々をよりよく生きようとした人、前を向けずにいた人、近しい死者の存在までをも刻んでいる。決して「平和」ではない戦後の中で、この街が「平和都市」としていかに甦(よみがえ)ったかを語る歴史からは、こぼれ落ちる声だ。

 他方で、国の歴史に対するオリジナルの地域史という場合にも、難しい問題が生じる。この街の何が特別であり、語り、考えるべきかを、探し始めてしまうことだ。

 被爆地広島は、紛れもなく特別な街だ。だが同時に、どこにでもある生活の喜びや、欲望や、冷酷さを抱えてきた、どこにでもある街だ。どこにでもあるものが特別な経験と複雑に重なり合い、摩擦を起こす中で、人々は生きてきたのだと思う。

 その重なり合いを丁寧に読みとくことは、この街に起こったことの意味を、「原爆被害」や「平和への訴え」だけではない視角で捉え直す糸口になる。「復興」を、まだ語られていない、ひもとかれていない声に耳を澄ませて考え直していくこと。それは、この街の外にもつながる言葉を、もっと多様に、豊かに探っていくための一つの方法だと考えている。(現代史研究者=大阪府)=おわり

(2019年3月15日朝刊掲載)

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